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新作小説発売記念「出版裏話」・・・記者さんに小説を書く上で一番大切にしていることは何ですか? と問われて

新刊「京都一条戻橋 晴子のブックカフェ」(PHP文芸文庫)の発売に際して、旧知の新聞記者さんから、訊かれました。「志賀内さんが、いつも小説を書く上で一番大切にしていることはなんですか?」それに、即答しました。「はい、思いやりです」「前回の『京都祇園もも吉庵のあまから帖』も、思いやりにあふれるお話がいっぱいでしたね」「ありがとうございます。でも、今回の小説は特に、その『思いやり』をテーマにして書きました」

私の小説は、人の悩みを解決したり癒したりするハートウォーミングな物語です。それには、人の心の痛みがわかることが重要になります。

私自身も今まで、いくつもの「つらいこと」を経験してきました。
35歳の時にパワハラで倒れて生死を彷徨いました。現在は寛解状態ですが、し
ばしば体調を崩すため厚労省の難病指定を受けて経過観察中です。
45歳の時に、父を看病していた母が倒れて余命3か月と宣告され、両親の看病
介護をする中、会社を辞めました(今で言う介護離職)。
51歳の時、カミさんのがんが判明し24時間365日丸6年間にわたって看病介
護して見送りました。
脳性小児まひの弟は、おかげさまで施設にお世話になっていますが、唯一の肉親である私は弟よりも長生きしなくてはならないということが、生きる使命になっています。
そんな私だから、ほんの少しでありますが「人の心の痛み」がわかるのではないかと思っています。

でも、それはあくまでも、「ほんの少し」なのです。
一言で「思いやり」と言っても、人の悩みやつらさなんて、他人にはとても理解できるものではないと思っています。

もう20年以上前のことになりますが、デパートで自分の「思いやり」の無さにとことん嫌気がさして、落ち込んだことがあります。

その時の話を、拙著「眠る前5分で読める 心がスーッと軽くなるいい話」(文庫堂・イーストプレス)に収めました。
ここに抜粋して「恥ずかしい出来事」を披露します。
このエピソードにある「自分の至らなさ」を忘れてはならないと心に刻み、今回も新作「京都一条戻橋 晴子のブックカフェ」を書き上げました。

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「思いやり・・・恥ずかしい話」
                      志賀内泰弘
私自身の、ものすごく恥ずかしいお話をさせていただきます。
読者の皆さんからの非難は承知で、「自戒の念」を込めて思い切ってペンを取りました。
 
ある時、友人のお祝い事が続きました。
一人は初めての子どもの誕生。女の子です。もう一人は、勤め先での課長昇進の知らせです。
二人にお祝いを贈るために、デパートの紅茶売り場に出掛けました。「どれにしようかなぁ」と迷っていて、相談に乗ってもらおうと店員さんに声をかけました。
ところが、です。
二度呼んだのに返事をしません。少々ムッとしました。三度目にちょっと大声で、
「すみません!」
と言うと、ようやく近くに来てくれました。
何だかボーとしているのです。覇気がないというか、心そこにあらずという感じ。笑顔一つ見せません。何かほか事を考えていたのでしょうか。最近、どこに行っても、挨拶さえきちんとできないスタッフが実に多いことが目に付きます。「世の中全体にサービスの低下してきているのではないか」と感じていた矢先のことでした。
 
二人の友人宛の手紙を、プレゼントに同封してもらおうと、前もって準備をして来ました。誤って逆の包みに入ってしまったら大変です。以前、店員さんのミスで、そういうトラブルを経験したことがあり、何度も、「大丈夫ですね」
と確認をして発送をお願いしました。
帰宅しようと駅に向かう途中も、なんだか気持ちがモヤモヤしていました。先ほどのお店の、接遇態度の悪い女性店員の顔が頭から離れないのです。
 
その時です。ハッとしました。
(ひょっとして・・・)
と、ある事が心の中で頭をもたげたのです。
私は踵を返し、デパートの地下一階へ戻りました。そして迷ったあげく、そのお店に電話をして、マネージャーさんを呼んでもらいました。
「すみません。わたくし、二時間ほど前にお宅のお店で買い物をした者です。大変つかぬ事をお尋ねしますが、店内にいらっしゃる黄色いエプロンをかけた女性は、ひょっとして耳がご不自由でいらっしゃるのでしょうか」
間を置かず、返事がありました。 
「はい、そうです。耳と言葉が少し。申し訳ございません。何かお客様にご迷惑をおかけしましたでしょうか」
電話の向こうから、心配そうな返事が聞こえました。
 
その瞬間、私は冷や汗が出ました。
凍りつきそうなほどの冷たい汗です。間違いなく先ほどの私の顔つきは、「サービスがなっとらん」という表情だったことでしょう。彼女は、完全に耳が聞こえないのではなく、難聴なのだと推測できました。今から思い返すと、話し言葉も、少々たどたどしかったようです。なぜ、あの時、その場で気づかなかったのか。気づいていれば、もっと大らかな態度も取れたのに・・・。
後悔の念がどっと襲ってきました。
彼女は、障害を持っているがゆえに、それを他人に悟られないようにと頑張っていたのでしょう。笑顔がなかったのは、おそらく慣れない仕事への取り組みの、「一生懸命さ」の表れだったに違いありません。だから、ほとんど健常者と同様に見えたに違いありません。
 
マネージャーさんに言いました。
「ごめんなさい。きっと、私の不愉快そうな態度は、彼女の心を傷つけてしまったに違いありません。お祝いの品を二つ買ったノッポの男性が、謝っていたと伝えていただけないでしょうか」
「わかりました。どうか気になさらないで下さい」
「実は私・・・今、お宅のお店が見える少し離れた場所からかけさせていただいているのです。直接、お店に伺って確かめる勇気がなくて、電話をしてしまいました」
何度もお店の前を行ったり来たりしましたが、とうとう入ることができませんでした。
(もしや・・・)
と思っても、本人に、
「あなたは、耳が不自由なのですか」
などと確かめるわけにもいかず・・・。
間違っていたら大事です。
 
また、こういうことも考えてしまいました。
もし障害をお持ちだったとしたら、「同情して欲しくない」と受け取られる心配です。でも、このままではいけない。彼女は傷ついているかもしれない。
そこで、柱の影から覗きながら携帯電話でかけたのでした。
 
「頑張ってください・・・と伝えていただけますか」
「はい、わかりました。ありがとうございます。きっと彼女にとって、何よりの励みになると思います。私たち仲間も、彼女の応援をして行きます」
ああ、なんて素晴らしい仲間なんだろう!
自分のことは棚に上げ、電話に出てくれたスタッフに言葉に感動しました。
この体験で、軽々しく「思いやり」なんて口にできないな、と反省しました。
人生の坂道は長くて遠い。
まだまだ、です。


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