最近、noteで少し孤立している気がする
最近、noteで少し孤立している気がします。
別に誰かと何かあったわけではありません。
コメント欄で揉めたわけでもないし、誰かに嫌われたという話でもありません。
ただ、最近ちょっと忙しすぎるんです。
仕事が立て込んで、その間に旅行もあって。
来週も大きな統計学の企業研修を控えています。
それでも毎日noteの記事だけは書こうと思って、なんとか投稿を続けてきました。
でも、本当に「書くだけ」で精一杯でした。
他の人の記事をちゃんと読む時間がない。
スキもあまり押していない。
フォローもほとんど増えていない。
コメントなんて、最近はほぼできていません。
そして気づいたら、自分の記事につくスキの数も、少しずつ減ってきました。
もちろん、記事の内容が原因なのかもしれません。
単純に最近の記事が面白くなかった可能性だってあります(笑)。
でも、ふと思ったんです。
そりゃそうだよな、と。
自分から人のところにほとんど行けていないのに、自分だけ以前と同じようにつながっていられると思う方が、少し虫がよかったのかもしれない。
noteって、ただ記事を置いておく場所ではないんですよね。
人の記事を読んで、
「わかるなあ」
と思ったり、
「そんな考え方もあるのか」
と思ったり。
コメントをしたり、コメントをもらったり。
そういう小さなやり取りの積み重ねで、少しずつつながっていく場所なんだと思います。
最近の私は、その「つながる部分」をほとんどやっていませんでした。
毎日記事を書くことだけで、いっぱいいっぱいになっていました。
そこで、少し思うようになりました。
毎日、記事を書く必要はないのかもしれない。
記事を書かない日があってもいい。
その代わりに、人の記事を読む日があってもいい。
いわゆる「読専」の日。
あるいは、コメントをすることを中心にした「コメ専」の日があってもいい。
noteの住人たちとコミュニケーションをとるための記事を書いたっていいかもしれない。
ただ、ここでも少し困ります。
「じゃあ一日おきに書こう」
とか、
「月・水・金に書こう」
と決めると、それはそれで窮屈そうなんです。
火曜日にものすごく書きたいことが出てくるかもしれない。
逆に水曜日に仕事で疲れ切って、まったく書けないかもしれない。
私は、そのとき感じたことを、そのとき書きたいタイプです。
だから、投稿する曜日まで決めてしまうのは、たぶん合わない。
だったら、
毎日noteには触れる。でも、毎日記事を書く必要はない。
くらいが、ちょうどいいのかもしれません。
今日は書く日。
今日は読む日。
今日はコメントする日。
そんなふうに、その日の自分の余裕や気分に合わせてもいいのかなと思っています。
noteは、書くだけでは続かないのかもしれません。
書くことも大切だけれど、人の言葉を受け取ることも同じくらい大切。
それを最近、少し忘れていました。
……とはいえ、今日もこの記事を書いている時点で、結局また投稿しているんですけどね(笑)。
でも、毎日投稿を守ることよりも、
noteを楽しいと思えること。
人の文章を読んで、自分の感情が動くこと。
その時間を、もう少し大事にしてみようかなと思っています。
