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楽に流されたいのに、完全には自分を明け渡せない面倒な自分

noteで、あるクリエイターさんの作品を読み終えたときのことだ。

ふと、理由もなく、頭の中にひとつの言葉が浮かんできた。

「抗(あらが)う」

「ん? なぜ? どうして『抗う』なんだろう」

私は小さく首をかしげた。
私の創作は、だいたい いつも、こんなふうに始まる。

言葉は自然に浮かんでくる ...… だが ...…

聞こえのいい「綺麗ごと」


この言葉について考え始めたとき、私はどこか気取った着地点を
探そうとしていた。

「激流をのぼる鮭じゃなくていい.…」
「綺麗な水のほうへ、ほんの少しひれを動かせばいい.…」

そんな聞こえのいい綺麗ごとを並べてみた。

けれど、自分で書いていて、どうにもしっくりこなかった。
胸の奥が、なんだか「嘘くさい。」

本当の私は、そんなスマートでおしゃれな存在なんかじゃない。

そんな綺麗ごとで終わらせたら、私が書く意味がないような気がした。
※この記事(一応エッセイ)も意味ないですが……

なんだか、心が、こそばゆい

「綺麗なお水を目指して、ちょっとひれを動かす?」
「ハァ?」冗談じゃない。

実際の日常は、もっと泥くさくて、地味で、うんざりするようなことの
連続だ。


本音を言えば、楽がしたい


本音を言えば、とにかく楽がしたい。

面倒なことには巻き込まれたくないし、誰かと争って疲れ果てるのも嫌だ。流れに身を任せ、波風を立てず、ぷかぷかと下流へ運ばれていく。

そんな生き方ができるなら、それが一番いいに決まっている。

流れに身を任せたい...…

だけど、私は完全には流されきれない。

「まあいいか」と周りに合わせて流されたあと、家に帰ってひとりになったとき、なんとも言えない、後味の悪い敗北感が残る。

「なんであのとき、あんな流され方をしたんだろう」
「本当は、ちょっと違うと思っていたのに」

そんな、ダサくてドロドロした鬱屈うっくつが、腹の底に溜まるのだ。

「流されたい」という怠惰たいだな本音と、
「このまま呑み込まれるのは嫌だ」という面倒なプライド。


私が感じていた「抗う」の正体


私が感じていた「抗う」の正体は、かっこいい挑戦でも、
美学でもなかった。

流された先で、足がぬかるみに沈みそうになったとき。
あるいは、意に沿わない場所まで運ばれそうになったとき。

私は心の中で、「ちぇっ」っと舌打ちする。

「ちぇっ、そこまでは付き合わねえよ」

「ちぇっ、やなこった!そこまでは付き合わねえよ!」

そう言って、足を踏ん張り直す。
あの、何とも言えない? 往生際の悪さだったのだ。


格好悪い「抗い」でいい


立派な信念も、上流を目指す情熱もない。

ただ、

「楽をしたいけれど、完全に自分を明け渡すのはしゃくさわる」

という、どこまでも自分勝手で泥くさい抵抗感。
でも、抗う理由なんて、それくらいでいいのかもしれない。

人間なんて、そんなに格好よく生きられるものじゃない。

今日も私は、できるだけ楽に流されながら、たまに腹の底で「ちぇっ」
と呟いて、地味に足を踏ん張っている。

格好悪くても

自分まで明け渡さない。


ちょっと、格好つけすぎました。。。。反省 ((+_+))

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