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~道は自分で切り拓くものだ~(総勉強時間300時間突破)


まったく法律を学んだこともなかった。
でも何もしないことで道は切り拓けない。
思い立って、自ら荒波にずべこべ言わず飛び込んでみた。

その決意から総勉強時間は312時間14分の努力を地道に積み上げられた。

バキバキに付箋が貼られた世界に1つしかない問題集と、
問題演習で書き込みで埋まったノート。
ワードでまとめたノート。
積み上げてきた数字は嘘をつかないし、
自分の自信の土台になってくれている。

しかし、SNSの海を泳いでいると、
たまにこんな言葉が目に飛び込んでくることがある。

「行政書士はAIに食われてオワコン」
「これからの時代、国家資格なんてゴミになる」

モチベーションが下がるだけなので、基本的にはそういった動画やポストはスルーすることにしている。けれど、あえて今、300時間を積み上げた
私の視点から、この「オワコン論」に対してはっきりと言えることがある。

それは、「道を切り拓くのはAIではなく、それを扱う人間の思考(OS)だ」ということだ。

法律を学ぶ前と後で、AIのアウトプットは「雲泥の差」になる

確かに、AIを使えばある程度の書類は一瞬で作成できる時代になった。資格の知識がなくても、それっぽい文章を作ることは可能かもしれない。

しかし、法律を「学ぶ前」と「学んだ後」では、AIを駆使して出力する文書の精度も質も、文字通り雲泥の差が出る。


たとえば、実社会で理不尽なトラブルに巻き込まれたとき。
弁護士から突然内容証明を突きつけられたり、
企業から不誠実な対応を受けたりしたとしよう。

法律の知識がなければ、恐怖に怯えるか、感情的に反論するしかできない。AIに頼るとしても、「内容証明が届いたので、言い返す文章を作って」という曖昧な指示(プロンプト)しか出せないだろう。

しかし、法律を学んでいる今の私なら、全く違うアプローチができる。

「これは民法の〇条違反で違法行為にあたる。さらに、行政法の知識から
鑑みるに、この手続きの不備を突けば相手が嫌がり、組織を困惑させられるはずだ。こちらに有利な着地点へ導くために、交渉しやすくなる」

このように、冷静に法的な論理思考を組み立ててられるのだ。
法知識と法的思考力という明確な武器を持ち、
どの法規と法規を組み合わせれば相手の構造的な弱点を突けるのか。
それが分かっている人間が出すプロンプトと、
そうでない人間のアウトプットが別物になるのは当然の帰結である。

AIは強力な道具だが、その道具を動かすための「論理的思考のOS」は、
自分の脳にしか構築できない。

資格はゴールではない、強固な「通過点」だ

「資格を取っただけで稼げるわけではない」

これもおそらく、ある側面では事実なのだろう。
でも、だからといって「じゃあ意味がない」と放り出すのは
あまりにも短絡的だ。

行政書士という資格は、ゴールではない。
自分だけの未来を切り拓くための、一つの強力な「通過点」だ。

法律という強固な土台(OS)を脳にインストールした上で、さらにそこに「英語」や「AIスキル」を掛け合わせていく。

  • 法律(リーガルマインド) × AI(圧倒的な生産性) × 英語(グローバルな視野)

この3つが掛け合わさった人材が、
果たして本当に「オワコン」になるだろうか?
むしろ、変化の激しいこれからの時代に最も求められる
代替不可能な存在になれると思い私は努力を続けたい。
時代は変わる。ならば、柔軟に対応しながら努力していけばいい。

行動しながら軌道修正していく方が、100倍強い

世の中には、何もやらずに外野から「そんなの無駄だ」「オワコンだ」と
決めつけて、足を止めている人がたくさんいる。

しかし、泥にまみれてでも行動を起こし、走りながら、
壁にぶつかりながら軌道修正していく人間の方が
何倍も、いや100倍強い。

誰かが作った綺麗に舗装された道を歩く必要なんてない。
自分の道は、自分の思考と行動で切り拓いていくものだから。

大台の300時間を超えた。 でも、私の旅はまだまだこれからだ。

周りの雑音に耳を貸す暇はない。
明日も淡々と、自分の牙を研ぎ澄ませていく。

Just keep doing.


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