SF短編小説『罪深き悪魔的ラーメンスープ』
ある日、地球に巨大な宇宙船が降り立った。
大気圏を突き破る轟音を誰もが聞いた。窓の外を見上げた者は、雲を押し退けながら静かに降下してくる銀色の物体に言葉を失った。軍は即時に包囲したが、攻撃命令は出なかった。相手が先に白旗に相当するものを掲げたからである。それは光の信号だった。
彼らの目的は侵略ではなく、銀河辺境の星との文化交流であった。地球側の交渉窓口として選ばれたのは、優秀な外交官であるケイ氏だった。数カ国語を操り、いかなる難局も微笑みで乗り切ると評判の女性だった。
ケイ氏は彼らを丁重にもてなし、地球の様々な文化を紹介した。美術、音楽、建築。宇宙人たちは礼儀正しく耳を傾けたが、どこか退屈そうだった。大きな瞳に光が宿ったのは、昼食の席に案内されたときだった。
ケイ氏は彼らに一杯のラーメンを振る舞った。
時間をかけて丁寧に処理した鶏ガラを長時間煮込んだスープ、手打ちの細麺、炙ったチャーシュー。用意したのは都内でも指折りの老舗店で、店主は朝からいつもの三倍の量を仕込んだという。
これがすべての始まりだった。
スープをすすり、麺を口に運んだ瞬間、宇宙人の代表は大きな目をさらに大きく見開いた。周囲の随員たちも、互いに顔を見合わせ、奇妙な音を発した。通訳機がそれを翻訳するまでに、わずかに間があった。
「なんという素晴らしい食べ物だ。この宇宙にこれほどの美味が存在したとは。我が星の全住民にも食べさせたい。もっと作れ。大量に、今すぐにだ」
ケイ氏は困惑して首を振った。
「そう言われましても、これを作るには大量の小麦や家畜の骨、それに何より、熟練した職人の数が必要です。すぐには用意できません」
各地の有名店だけでも、一杯のスープに費やす時間は十時間を超えるものもある。数十億人分など、どれほどの年月があっても足りない。ケイ氏はそのことを穏やかに、しかし明確に伝えた。
宇宙人は鼻で笑い、銀色の小さな装置を取り出した。
彼らが装置のダイヤルを回すと、地球上のあらゆる穀倉地帯の麦が一瞬にして黄金色に実り、養鶏場のヒヨコたちは瞬時に立派な鶏へと成長した。農家の人間が目を丸くして畑に飛び出すよりも早く、それは起きていた。彼らの科学力は、時間の概念すら超越していたのである。
「これで材料の問題は解決した。あとは作る者だ」
宇宙人は装置の赤いボタンに指を置いた。
「このボタンを押せば、特殊な電波が全地球人の脳を書き換える。人類すべてを、この料理に特化した完璧な職人に作り変えることができるのだ」
ケイ氏は血相を変えて叫んだ。
「それだけはやめてください。この料理は、異なる土地の文化や歴史が複雑に絡み合い、長い時間をかけて進化した結果なのです。醤油、味噌、豚骨。多種多様な人間がいたからこそ、ここまで奥深いものになった。全人類を同じ職人にしてしまえば、多様性は失われ、これ以上の発展は望めなくなる。この味を超えるものは二度と生まれなくなりますよ」
ケイ氏の声は会議室に響いた。通訳機が几帳面にそれを変換した。
しかし宇宙人は、ケイ氏の熱弁を冷たく遮った。
「これ以上のものなど不要だ。我々はこの完璧な味が永遠に供給されれば、それで満足なのだ。話し合いは無用である」
宇宙人は無慈悲にもボタンを押した。
ケイ氏は何かを言いかけた。しかしその言葉が声になることはなかった。
その瞬間、ケイ氏を含む全人類の意識は書き換えられた。地球上のすべての人々が、ただひたすらに美味いラーメンを作ることだけを生きがいとする、究極の職人へと変貌したのである。政治家も、医師も、子どもも、老人も、誰一人例外なく、頭にタオルを巻いて腕組みをした。
地球は巨大なラーメン工場と化した。
宇宙船の搬出口から次々と運ばれてくる極上の一杯に、宇宙人たちは舌鼓を打ち、大いに満足した。澄み切ったスープ、絶妙な硬さの麺、丁寧に下処理された具。何十億という職人が、一切の迷いなく同じ目的に向かって働いていた。
だが、宇宙人たちは一つの計算違いをしていた。
彼らは、地球人の「職人魂」というものを甘く見ていたのである。
完璧なラーメン職人となった人類は、決して現状の味に満足することはなかった。脳を書き換えられてもなお、いや、書き換えられたからこそ、彼らはより高みを目指した。今でもラーメンを美味しくするための素晴らしい食材があり、美味しくするための高い技術がある。それでもまだ、何かが足りない。職人というものは本来そういう生き物だった。
何十億という職人たちの視線が、ある日を境に、静かに、しかし一斉に、あるものへと向けられていった。
「……あの宇宙人の骨を煮込めば、これまでにない至高のスープが取れるに違いない」
言葉にした者はいなかった。だが、職人たちは同じことを考えていた。皆が同じ脳を持つ生き物として、同じ結論に辿り着いていた。
宇宙人たちがその異様な気配に気づいたときには、地球上のありとあらゆる巨大な寸胴鍋の湯が、すでにグラグラと沸騰し始めていたのだった。
(終)
この話は、SF・サイコホラー・ダークファンタジーを中心とした短編小説集『まどろみディストピア』のエピソードとして収録しています。他のエピソードもお読みいただけるとうれしいです。
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