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第1話 崩壊 『ルミナ・パルス』



狩人のシン、 薬師の娘ミカ、 孤児院で子供の世話をするカレン



“ 闇《ペルニキエース》が再び世界を包む時。光《ルミナ》は、生きる者たちの心より立ち上がる ” 

古い言い伝えだった。

シンの住む村は、森で囲まれていた。

というより、広大な森の中に、村が遠くぽつりぽつりと存在している。

そんな小さな村で彼は育った。

家は代々猟師の家系で、小さいころから弓に慣れ親しんだ。


いつもの朝だった。

温め直した昨日の残りの煮ものを手早く平らげて、シンは狩りに出かける準備をしていた。

「おう、シン……。獲物ばかり見るんじゃねえ。森全体を見るんだぞ」

「ふふ、父さん、何度も聞いたよ、それ」

頭をかく父に、シンは答えた。

「気を付けてね」

少し頬を緩ませて母を振り返り、シンは家を出た。

村の出口に向かう道はまだ暗く、ようやく朝焼けが光を届け始めていた。

道すがら、朝露をまとった薬草へ、まだ幼さの残る少女が水を注いでいた。

村の唯一の治療師の娘、ミカだった。

父は葉の裏を確かめ、娘に何かを教えている。

村の入口近くの川では、大きな水桶を二つ持ち上げる、女性の姿が見えた。

孤児院で働くカレンだった。

「おはよう、シン」

「……おはよう。二つも持つのか 」

「これくらい平気よ」

カレンは水をこぼさず、孤児院の方向に歩いて行った。

太陽が真上に近づくころ。

木の葉が重なる、薄暗い森にシンは居た。

村から歩いて半時ほどの距離。

踏み締む足は沈み込み、朽ちた葉の匂いが漂う。

彼は仕留めた野兎の前で跪き、胸元で手を合わせた。

「どうか許してほしい。あなたの命で、私の家族は支えられる。
その恩に感謝する。あなたの魂が安らかに森へ還りますように」

シンは捌いた兎を、肉の傷みを遅らせるシダの葉で包む。

猟袋に収めた、その重みを背中に感じた。

(……父さんは、まだ肉の処理が甘いと言うだろうか。母さんは、食事の支度をしているかな)

木々の間の光が、斜めに落ち始めていた。

(……もう、昼を過ぎているのか)

ふと顔を上げた。

そのとき突然――視界の端から、空が黒く染まった。光が消え、聴こえていた鳥のさえずりが止んだ。

かすかに、遠くから人の悲鳴が聞こえた。村の方からだった。

(父さん、母さん……)

シンは走った。朽ちた葉が足を取る。根をまたぎ、枝を払った。


やがて、木々の葉の間から、崩れた村の入口、家々の燃えさかる屋根が見えてきた。

入口を抜けて、シンは家に向かって駆ける。

見慣れたはずの村の光景は無くなっていた。

こと切れた村の人々が倒れ、血と焦げた家屋の匂いが鼻をつく。

孤児院が倒壊している……。カレンは無事か?

 

家に向かう途中、診療所の前に人影があった。 

朝には露をまとっていた薬草は、焼かれて黒く伏している。

倒れている治療師と、その胸に手を当てている娘……ミカだった。

跪いて触れた、治療師の体は冷たく、脈は途絶えていた。

「お父さん、目を開けて……また笑って」

ミカが呟く。頬には涙がこぼれていた。

「ミカ。 お前の父さんはもう…… 。ここにいては危険だ」

茫然としているミカの手を引と、少し抵抗があった。

「いやだ。お父さんと、ここにいたい」

それでもシンは、その手を離さず走り出した。

 



二人は息を切らしながら、シンの生まれ育った家の前に立った。

家の入口でシンは足を止める。

無意識に握った拳の内側に爪は食い込み、歯がきしむ。

幼い日から手を合わせていた、小さな祭壇は荒らされていた。

倒れていた父と母の体は冷たくなっている。

(父さん……母さん……。なぜ……)

ミカには、見せられない。

「行こう」

シンは呟いた。


二人が家の入口を離れた、そのとき――

闇の中で、何かが動いた。

シンが振り向いた瞬間、黒い影が飛びかかってきた。

腰の短刀を抜く。

牙が刃を噛んだ。

狼のような姿をしている。

だが、身体の輪郭から赤黒い靄のようなものが漏れていた。

 二体の動きには足音が無い。

「下がれ」
 
背後のミカから目を戻した直後――

異形は目の前にいた!
 
 弓を使える距離では無い、しかし、この場を離れることはできない。

降り注ぐ牙と爪。
その疾さは山で会う野犬のそれではない。

短刀で受け、爪で削られるなか、
少しずつ、異形の動きにシンの感覚が合い始めた。

極限のなか――

異形の「噛みつく」という動きに、シンの感覚は同調した。

わずかに異形より先に動いたシンの刃が、動き始めた異形の首を切り裂いた。

 倒した。

そう思った瞬間、朝の父の声がよみがえった。

――獲物ばかり見るんじゃねえ。森全体を見ろ。

シンは息を呑んだ。

戦いは独りで行う、いつもの「狩り」ではなかった。

守らなければならない者が、背後にいた。

「まずい……!」

もう一体が――。

 
「きゃぁぁぁぁぁ」
 
叫び声と共に、一人の女性が飛び込み、ミカに飛びかかる異形の頭を叩き潰した。

崩れた異形の体は黒い結晶となって、地面に落ちて消えていく。

 「あいつは……カレン? なにを……持っている?」

カレンの瞳は焦点が合わず、意識が無いようだった。

「ゼェッ……! ゼェッ……! ハッ」

肩で息をしてながら、カレンがシンを見た。次の瞬間——

「嫌ぁぁぁ」

カレンは叫びながら、シンに向かって走り出した。

崩れた建物の木材を持って。

「待て……!」

言った次の瞬間……。意識が無くなった。



どれくらい時間がたったのか、シンは目を覚ました。

心配そうなミカとカレンの顔が見えた。

「くっ……」

体を起こそうとして、痛みが走った。

足元に、潰れた木材が落ちている。

シンが倒した異形が背後で立ち上がり、
彼を狙っていたところをカレンに助けられた……らしい。

火は弱まり、煙が低く這っていた。どこかで、生き残った者の声がする。

煙の向こうで、細く光る月が見えていた。

シンはひとり、荒らされた祭壇を思い返し、夜空を見た。

――なぜ、村は襲われたのか?





ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

「第2話 旅立ち」に続きます!



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