荒技ショートショート_ 追憶
小さな手というと、赤ん坊の幼い手を思う。
長男も長女も次女も、赤ん坊の時は、私自身、よく抱っこをして寝かしつけたものだ。
ゆっくり揺らすと、よく眠ってくれた。長男と次女は。
だが長女は、しぶとく眠りにつかなかった。
逆に、ポケモンのチコリータのタオルを左手に握らせると、右手の親指を吸い出して、しばらくすると眠りにつく。
ちょっと変わった子だった。
小さな手。
長女の指吸いの手と寝顔。私にはその光景が、今でもまざまざと蘇って来るのである。
そんな日曜日の夕方に、またもや、荒技をやってしまった。
さて、小牧幸助さんの、シロクマ文芸部の最新お題は、毎週木曜日に出る。
「小さな手」からはじめるnoteを自由に書いてみませんか?
ジャンルは小説・詩歌・エッセイなど何でもOK。はじめてnoteを書く人も自己紹介の代わりとしてお気軽に!
締切は9/9(水)23:59。作品には #シロクマ文芸部 をつけてください。
参加したら、ほかの作品へ感想をコメントしましょう(できれば)。
と、いうことで。
そして、田原にかさんからのお題は…。
さて今週のお題です。
9月に入りましたね、そろそろ秋が近づいてきます。
秋と言えば○○の秋。
そんなわけで9月第一週は、食欲の秋!
というわけで今週のお題はこちら!
お題【信号機ぶどう味】
|д゚)チラッ (シンゴウキモムカジュウ?)
と、いうことで。
また、山根あきらさんの、青ブラ文学部のお題は…。
9/11までのお題を見つけられなかったので、昔出してもらった期限なしのお題をまた、書いてみようと思う。
今回の青ブラ文学部のお題は
「私を形作った三大◯◯」
です!
企画へのご参加をご希望される方は、
「 #青ブラ文学部 」のハッシュタグをつけて、作品を投稿してください。
期限は特にもうけません。
◯◯には、「名字」を入れて入れてください。
具体例は下(↓) [ 主に (4) ]に書きましたが、
たとえば、私の場合なら、
「私を形作った三大中島」ならば、
「中島みゆき(歌手)、中島義道(哲学者)、中島敦(作家)」
あるいは
「私を形作った三大森」ならば、
「森毅(数学者)、森浩一(考古学者)、森敦(作家)」
となりました😊。
「◯◯」には名字ならば、何文字当てはめてもかまいません。
あなたに影響を与えた人物の「共通の名字」を当てはめて記事を投稿してください。
と、いうことで。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、「荒技師」だなんて、あんまりおおっぴらに言わないほうがいいよ。
うむ……。そうだな。
3人の企画は両方とも、膨大な数のファンの方、参加希望者を抱えていらっしゃって。お題を出すだけでも、大変だと思うのである。それでもお題を出してくれる。毎週。ほんとうに、ありがたい限りだ。ほんとうに励みになる。
また、今回は、小タ(こた)【旧:ケチャップ】さんのシロクマ文芸部作品を読んでみた。ちょっとその感想を、シロクマ感想文として書いてみる。
「シロクマ文芸部・ひとりごと」で検索して飛んで来ました。
コメント欄に、シロクマ感想文を、ほんの少し書かせて頂きます。
蟻は蟻で。一生懸命に生きているだけなんでしょうね。
最後の女王蟻の言葉のごとく。
そして息子さんは息子さんで、蟻を観察し、触れてみたかっただけなんでしょうね。
お母さんとしては、息子を噛んで苦しめる蟻。まして害虫を放置しておくわけにはいかないでしょう。もちろん。
だから、お湯をお見舞いした。
薬で蟻を駆除するより、よほど地球に優しい駆除のやり方です。
最近の熊の出没を見て思います。
熊は熊で生きているだけ。でも、駆除するべきときは駆除せざるを得ないですから。
他の動物とたとえば話し合いが出来たとして。わかり合い譲り合える可能性は、恐らくは低いだろうと思います。
しかし人間同士には、駆除という言葉は、あり得ない。
そういう基本を、ふと、思い出しました。
私は、そう思います。
今、生きていられることに感謝して。今宵も、月に祈ろう。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
せっかく出していただいたお題を、小牧幸助さんの始まりの言葉(シロクマ文芸部)と、たらはかにさんの表のお題(毎週ショートショートnote)、そして山根あきらさんのお題(青ブラ文学部)3ついっぺんに書く荒技。まして、シロクマ感想文と、全部で4重の荒技。あまりにもやりすぎじゃないかな。
そうだ、今週は4重の荒技だ。
うむ。
これで何週間だろうか。とうとう3年8ヶ月に突入した。
まあ、続けられるだけ、続けるさ。
心の中の、リトルkojuroが、また、ボソリと、呟いた。
まるで、悪ガキそのものだな。
まあな。
なんのはなしですか。

さて。それでは、本編にまいりましょう。今週の荒技、「ショートショート_ 追憶」約410字を、どうぞ。

小さな手を見て、涼のこと思い出した。
バスで前の席に座ったお母さんに抱かれた幼子の手。襟首をしっかり握っている。
私は、幼い頃から柔道の道場に通った。
「強くなりなさい」
通い続けたが、小2の春休みに告白した。
「ほんまは野球がやりたいんや」
母は、こう言った。
「柔道もきちんと続けるんよ」
この子の手は、将来、大外刈りが得意になりそうだと思った。
バスが踏切で止まる。
警報器の音とランプの点滅が微妙にズレているのを見ると、いつもなんだか巨峰を食べたくなる。
私の記憶は無関係な情景に結びつく。例えば世界史の勉強中は小学校の階段。英語は屋上から見上げた雨上がりの青空。
何なんだろう?
黒帯を取り中学入学を機に野球部を選び。
私を形作った三大山内は、南海ホークスのトリオ・ザ・山内。プロを夢見て大学まで続けたが、全くものにはならなかった。
涼は私と違い天才肌で。空手を極め勉強もよく出来た。
今は売れっ子の漫画家だ。
踏切が上がり、バスが動き出した。

《余滴》
さて。今週の荒技の解説です。特に、田原にかさんの「毎週ショートショートnote」のお題の。
ショートショートnoteカードゲームでは、お題の言葉そのものを入れ込まないで匂わせるのを流儀としています。
小牧幸助さんの書き出しのお題や、山根あきらさんの青ブラ文学部のお題、私が水曜日に書いている「三題噺」の三つのお題は、その言葉そのものをストレートに文章やタイトルに入れ込むのですが、私としては、田原にかさんのお題は、言葉そのものは入れ込まず、“匂わせる”という流儀に沿い、なるべくそうしていっている“つもり”なんです。
しかし一方で、私のこの「荒技」に、お題そのものを探し続ける方もいらっしゃいまして。
ですので、今回も少しだけ解説を。
もちろん苦情は受け付けません。これこそが「荒技」ですから。笑
◆田原にかさんのお題【信号機ぶどう味】の匂わせ度について→
今回は、「信号機」も「ぶどう味」も、そのまま本文には入れていません。
バスが踏切で止まります。
そこで語り手が見ているのが、警報器の音とランプの点滅です。そして、なぜだか巨峰が食べたくなる。
信号機を「ランプの点滅」に。ぶどう味を「巨峰」にしてみました。
え?踏切のランプは信号機じゃないだろうって?
踏切のほど近くに信号機はあるのです。踏切が下がっているときは「赤」。踏切が上がる直前に「青」になる。阪急神戸線のある踏切近くの信号機の青は、妙に紫がかっていて。なんだか巨峰を連想させたんです。だから「信号機ぶどう味」です、たぶん。笑
問題は、なぜ警報器の音とランプの点滅を見て信号機を連想し、なおかつ巨峰が食べたくなるのか。その理由は私にも分かりません。笑
そこで今回は、語り手にこう言ってもらいました。
「私の記憶は無関係な情景に結びつく。」
世界史の勉強をすると小学校の階段を思い出す。英語なら、屋上から見上げた雨上がりの青空。人間の記憶というのは、ときどき全く関係のないもの同士がくっついていたりします。
というわけで。
警報器の音とランプの点滅=巨峰。これで【信号機ぶどう味】を匂わせたことにします。異論はあるでしょう。でも苦情は受け付けません。荒技ですから。笑
◆山根あきらさんのお題=【私を形作った三大○○】について→
今回、○○に入れたのは、「山内」です。
「私を形作った三大山内」。
何だ、それは?ですよね。笑
かつて南海ホークスには、山内新一投手、山内孝徳投手、山内和宏投手という、三人の「山内」投手が同時に在籍していた時代がありました。
いわゆる「トリオ・ザ・山内」です。
今回の語り手は、幼い頃から柔道の道場に通っていました。でも、本当にやりたかったのは野球。小学校では柔道を続けて黒帯を取り、中学校から野球部へ。
そして、南海ホークスの三人の山内投手に憧れ、プロ野球選手を夢見て大学まで野球を続けます。が、結局、プロにはなれませんでした。
でも、夢中になって追いかけた人達が、その人の人生を形作ることはあるのだと思います。
だから、
「私を形作った三大山内は、南海ホークスのトリオ・ザ・山内。」としました。
まさか三人とも同じ名字のプロ野球選手が、同じ球団に同時にいたとは。今回のお題を見て真っ先に思い出した私は、いったい何者なのでしょうか。笑
◆小牧幸助さんのお題=【小さな手】について。
これは冒頭、そのままです。
「小さな手を見て、涼のこと思い出した。」
バスの前の席に座るお母さん。その腕に抱かれた幼い子供が、小さな手でお母さんの襟首をしっかり握っています。普通なら、微笑ましい光景です。ところが、今回の語り手は柔道経験者。
その手を見ながら、
「この子の手は、将来、大外刈りが得意になりそうだと思った。」
などと考えてしまいます。笑
そして、その小さな手から、自分の少年時代へ。柔道へ。野球へ。さらに息子の涼へと、記憶が繋がっていきます。
今回のタイトルは、「追憶」です。今回の語り手は、前にも登場した涼の父親です。
バスの中で見かけた幼子の小さな手から涼を思い出し。そこから今度は、自分自身が子供だった頃へ遡っていきます。
柔道を始めたこと。
本当は野球がやりたかったこと。
黒帯を取ったこと。
南海ホークスの山内投手達に憧れたこと。
大学まで野球を続け、それでもプロにはなれなかったこと。
そして自分とは違い、空手も勉強も器用にこなし、今では売れっ子の漫画家になった息子の涼。
そんなことを思い出しているうちに、踏切が上がります。
バスが踏切で止まっていた、ほんの短い時間。
そのあいだに、父親は何十年も昔まで旅をしていたのかもしれません。
今日のお節介な解説はここまでです。
何ですと?
売れっ子漫画家の涼は、今回も登場しないのかって?
はい。本人は一度も出てきません。笑
でも父親の記憶の中には、ちゃんといます。
それに涼本人は、漫画家としての「取材」で忙しいのでしょう。たぶん。笑笑
ちなみに今回のカバー画像は、「踏切」で検索して選びました。
それにしても荒技。毎週毎週、本当に頭と時間を使います。
今回は、怪人も工作員も出てきません。ミッションもありません。バスが踏切で止まり、そしてまた走り出す。その短い時間に、ひとりの父親が幼い子供の手を見て、自分の少年時代と、息子のことを思い出した。
ただ、それだけの話です。
でも、こんな何気ない記憶の中にも、その人が歩いてきた人生は残っている。
今回は、そんな『荒技』になりました。
そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑っていた。
「コジくん、マッサー(注1)して、昔話は忘れなさい。今が一番幸せなんだから、絶対!」
「…」
マッサージをすると、家内は上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。

