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3年1組物語 ー消しゴムー

小学3年生のこうたは、最近ずっと悩んでいた。

同じクラスのかなが、こうたを見るたびに、ぷいっと横を向くのだ。
給食のときも、休み時間も、げた箱の前でも。 ぷいっと横を向かれるたびに、こうたの胸でごつごつの岩が、ゴロン、ゴロン、と積もっていく。

こうたは思い出していた。
先週、かなが使っていた消しゴムをかりたとき、うっかりポキっと割ってしまったこと。 あのとき、かなは「あ……」と小さく言っただけで、なにも怒らなかった。 「わりぃ……」の声は、教室の空気に、すぐに溶けて消えてしまった。 かなは、「ぷいっ」と横を向いた。 その肩が、少し震えているように見えた。

(ぜったい、怒ってる……)

最初は、わるいことしたな、と思っていた。
でも、その気持ちは、だんだん形を変えていった。
やわらかい「ごめん」が、かたい「まけたくない」に、すこしずつ、すりかわっていくみたいに。
相手が怒っているなら、こっちも強そうにしていないと、やられてしまう気がしたからだ。 だからこうたは、かなに近づくたびに、わざと怖い顔をしてみることにした。
家の鏡の前で、こうたはなんども顔をつくる練習をした。
眉を、ぎゅっ。
目を、きゅっ。
口は、への字。

鏡の中のこうたは、ぜんぜん笑っていない。
こわい顔って、すこし、いたい顔でもあった。 


そのころ、かなも同じように悩んでいた。

こうたが、かなを見るたびに、しかめっ面をするのだ。
廊下ですれ違うときも、班活動のときも、げた箱の前でも。

かなは思い出していた。
消しゴムが割れたとき、自分が目をそらしてしまったこと。
あのとき割れた消しゴムが、ちょうどハート型みたいになっていた。
(こうたとハート、似合わなすぎる……)
かなのお腹の中で、くすぐったい風がぐるぐる回りだした。
がまん、がまん。
そう思っても、口の端がぷるぷるしてしまう。かなは、あわてて顔をそらした。

でも、あれ以来、こうたはずっと怖い顔をしてくる。

(ぜったい、わたしのこと、きらいなんだ……)

かなは、目が合う前に、さっと顔をそらすようになった。
にらまれる前に逃げる。 それがいちばん安全な気がした。

二人はそれから一週間、廊下ですれ違うたび、
こうたは、こわい顔。
かなは、ぷいっ。

こわい顔。 ぷいっ。

こわい顔。 ぷいっ。

毎日毎日、それをくり返した。

まるで、二人だけが知っている、へんてこな遊びみたいだった。

クラスのみんなは、これを見て「こうたとかな、なんかバチバチだね」とウワサしはじめた。


事件が起きたのは、席替えの日だった。
くじ引きの結果、こうたとかなは、なんと隣同士になってしまった。 となりの席が決まったとたん、こうたの心臓が、どん! どん! と鳴りはじめた。
「にげろ、にげろ」
心臓が、そう言っているみたいだった。
逃げ場はどこにもなかった。

いざ隣に座ると、こうたはとなりをちらりと見て、いつものように、ぐっと眉間にしわを寄せてみせた。 かなはそれに気づいて、さっと顔をそむけようとした。

が、そのとき。

かなの机から、コロン、と何かが転がり落ちた。 それが、こうたの足に当たった。

「ん?」

こうたが足元を見る。

「おい、なんか落ちたぞ」

「……あっ!」

かなも身を乗り出した。 二人が同時にのぞき込んだ、そのとき――

ゴツン!

目の前で、パチパチパチッと星がはじけた。

「いってぇー!」 「いたっ!」


痛い。
でも、なんでだろう。
こわい顔も、 ぷいっも、 ゴツン!の音といっしょに、どこかへ転がっていってしまった。

こうたの目には涙がじわっとにじんで、しかめっ面が、ぐしゃっとなった。 かなも同じように、へんてこな顔でおでこを押さえている。
その、あまりにも間の抜けた表情がおかしくて、こうたはぷっと吹き出してしまった。かなも我慢できずに、ぷはっと笑ってしまった。

こうたは胸に積もった岩の隙間から、おそるおそる声をしぼり出した。

「かな……もしかして、怒ってる?おれのこと、きらい?」

かなは、きょとんとした顔をした。

「え? ぜんぜん!こうたこそ、わたしのこと、にらんでたよね……?」

「にらんでない!あれは、かなが怒ってるから、おれも強そうにしなきゃって……」

「わたし、怒ってなかったよ!こうたがこわい顔するから、目を合わせないようにしてただけ!」

「……はぁ?」

こうたの拍子抜けした声が、ふたりのからだをふわっとかるくした。

二人はしばらく顔を見合わせて、それから、また同時に噴き出した。

「なんだ、それ!」 「なんなの、それ!」

教室じゅうに、二人の笑い声が響いた。 まわりの子たちは、わけがわからないまま、なんとなくつられて笑いだした。
こうたの胸の中で、ゴロン、ゴロンと積もっていた岩は、いつのまにか、どこかへころがっていってしまった。

その日から、こうたとかなは、席替え前よりずっと仲良しになった。そして今でも時々、あの日のことを思い出しては、二人でくすくす笑っている。

あの日、かなの机から転がり落ちたのは、こうたにあげようと思っていた、ゆきだるまの形をした消しゴムだった。
二つに分かれても、ちゃんとゆきだるまの形になる。

ぎゅっと くっつければ、またひとつにもどるのかな。

ゆきだるまも。
こうたと、かなも。


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