🎹【御礼】娘の物語を書いてるつもりだったKOTAYAさんの解析で見つけたて頂いたこと
こんにちは、うるるんです。
noteを書き始めて、4ヶ月半が経ちました。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
今日は、このnoteについてと、素晴らしいクリエイターさんへの感謝をお伝えさせてください。
🎹このnoteに込めた、ふたつの野望
書き始めたきっかけは、娘の5年間のピアノライフを残しておきたかったから。
それだけのつもりでした。
ところが書いているうちに、私の中にふたつの「届けたい」が生まれてきました。
🔥ひとつめの野望。懸命に戦って、それでも届かなかった子の話を書く。
この記録に、華やかな成績はありません。
才能も、経験も、恵まれた環境もない。
「ピアノが好き、舞台で弾きたい」その気持ちだけで、ガチ勢の中に飛び込み続けた子の話です。
世の中には、勝者のキラキラした素敵な物語があふれています。
でもその陰に、同じだけ懸命に戦って、それでも結果が届かなかった子たちがいる。
無数の悔しさと涙がある。
その物語を丁寧に書きたいと思いました。
何かを頑張っているどなたかの、小さな励みになれたら。
💦 ふたつめの野望。ショパンに土下座しそうになった話。💧
娘がピアノを始めるまで、私とクラシック音楽の接点は、殆どありませんでした。
私自身は、子どもの頃ピアノをだらだら習って、全く上達せずやめました。
それ以来ずっと、縁のない世界だと思って生きてきた人間です。
ところが、娘がピアノの勉強を始め、レッスンに同席するようになって、クラシック音楽の洗礼を受けました。
先生が娘に、「この時のベートーヴェンの気持ちは?」と問いかけるたびに、母が腹の中で即答していました。
💦ベートーヴェンには会ったことがないのでわかりません。💦
「そんな味気なく弾いたらショパンが泣いて悲しむよ」と言われた日は、母が心の中で頭を下げました。
💧私がショパンに土下座して謝ります。💧

しかし。
娘と一緒に作曲家や曲を紐解いていくうちに、気づいてしまったのです。
クラシック音楽、これ意外と面白い。
権力者をこっそり笑い飛ばした作曲家、愛のために全てを賭けた作曲家、時代と孤独に抗い続けた作曲家。
堅苦しいと思っていた人たちが、みんなちゃんと血の通った人間だった。調べれば調べるほど、ドラマがある。
その面白さを、素人オカン目線で届けたい。
読んでくださった方の中でひとりでも「この曲、聴いてみようかな」と思っていただけたら、これ以上嬉しいことはありません。
そんな身の程知らずな野望を胸に、書き続けていました。

🔍️答え合わせに行った。
ふと思ったのです。
私はちゃんと届けられているのだろうか。
書きたいと思ったこと、伝えたいと思ったこと。
それが本当に読んでくださった方に届いているのか。
自分では、わからない。
答え合わせがしたくなりました。
そこで今回、note解析の神様、KOTAYAさんに、このnoteの解析をお願いしました。
🎭 KOTAYAさんへ、心からの感謝を。
KOTAYAさんは、3人のお子様を育てながら働くワーママさんです。
お子様たちを大切に見守る様子や、ご家族の温かい日常が、とても素敵でいつもたくさんの元気を頂いてます。
KOTAYAさんアカウントはこちら
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KOTAYAさんが私のnoteを解析下さった記事はこちら
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元ゲームプログラマーさん。
そのご経歴が、KOTAYAさんの解析に表れています。
KOTAYAさんの解析は、数字を眺めるだけではありません。
書き手の全記事を一文字残らず読み込み、頻出キーワードから思考の重心を特定する。
投稿の軌跡から、熱量と読者の反応が同期した瞬間を読み解く。
そして本人が「直すべき癖」だと思っている部分にこそ眠る、独自の魅力を言語化してくださる。
プログラマーが膨大なログをコンパイルするように、書き手自身が気づいていない「実行コード」をあぶり出す。それがKOTAYAさんの解析です。
これまでも、数多くの素晴らしいクリエイターさんたちの解析をされてきました。
その一つひとつに、全力で向き合ってこられた方です。
私なんかがお願いしていいのだろうか。依頼するまでに、正直かなり迷いました。
ドキドキしながらお願いさせて頂きました。
お引き受けいただき、心から感謝しております。
💫 大切な気づきを頂きました。
KOTAYAさんは、数字だけを見て下さったわけではありませんでした。
娘の震える指先、客席で祈るしかない母の手、「来年も挑戦する」というその一言まで。
私が書いてきた物語の本質を、丁寧に、そして鮮やかに言語化してくださいました。
何度読んでも、胸が熱くなりました。
そしてこの一文に、私は止まりました。
「ピアノを弾くのは娘。でも、その音を物語にしているのは、母。」
娘の話を書いているつもりでした。
でもKOTAYAさんの目には、母の物語として映っていた。
そうか。
そういうことだったのか。
私はずっと娘の成長を記録しているつもりでした。
でも同時に、迷いながら、悩みながら、それでも娘の隣を歩こうとした母親自身の記録でもあったのだと、初めて気づきました。
自分では見えていなかったものを、言葉にして返してくださった。
だから今回の解析は、単なる分析ではなく、私にとって大切な大切な「答え合わせ」になりました。
KOTAYAさん、本当にありがとうございました。

KOTAYAさんに頂いたお言葉は、これから先も何度も読み返すと思います。
娘の成長記録を書いているつもりだったこのnoteは、いつの間にか、娘と一緒に迷い、悩み、笑い、泣きながら歩いてきた母自身の記録にもなっていました。
これからも不器用なオカンではありますが、娘の軌跡と、その隣で右往左往する母の姿を、一生懸命綴っていきたいと思います。
そして願わくば、この記録が、今どこかで何かに挑戦しているどなたかの小さな励みになれたら嬉しいです。
また時々、ふらりと覗きに来ていただけたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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