育児ほど割に合わない営業は似ている?(3回目です)
私 3回目のバトンです😆
営業とは何だろう。
一般的には、商品やサービスを提供して、その対価としてお金を受け取る活動を指す。もう少し広く考えれば、誰かが必要としているものを見つけ、自分が提供できる価値と結びつけることだ。
先日、営業について書かれた、ある記事を読んだ。
そこには、営業とは商品を売る瞬間だけを指すのではないと書かれていた。
まず、自分の存在を知ってもらう。
次に、無料で提供できるものを通じて興味を持ってもらう。普段の発信や交流を積み重ね、少しずつ信頼を築いていく。
そうして初めて、商品を買ってもらえる可能性が生まれる。
つまり、商品の販売は最後の一場面にすぎない。そこへ至るまでの準備や関係づくりも、すべてビジネスの一部なのだ。
私はそれを読みながら、なぜか親子関係を思い浮かべた。

親は子どもが生まれた瞬間から、自分の時間とお金を使い始める。
食事を与え、服を買い、病気になれば病院へ連れていく。言葉を教え、箸の持ち方を教え、人に会ったら挨拶をすることを教える。
子どもが小さいうちは、こちらの都合などほとんど通用しない。眠りたい日に泣き、急いでいる日に靴を履かない。昨日まで食べていたものを、今日は突然嫌いだと言う。
それでも親は、そのたびに方法を変える。
言っても伝わらなければ、別の言葉を探す。叱りすぎたと思えば、次は少し待ってみる。褒めれば伸びる子もいれば、褒められることを負担に感じる子もいる。
親だからといって、最初から正解を知っているわけではない。
営業では、商品が売れなければ、その理由を考えるという。

商品が悪かったのか。
必要な人に届いていなかったのか。
値段が合わなかったのか。
そもそも、自分が何を提供する人なのか伝わっていなかったのか。
一つずつ見直し、改善し、また試してみる。
子育ても、それによく似ている。
親が正しいと思った言葉でも、子どもには届かないことがある。親が子どものために選んだものが、その子の欲しいものとは限らない。
そこで「せっかくしてあげたのに」と怒るのは簡単だ。
しかし、営業で考えれば、提供する側が価値を決めるのではない。受け取る側がそこに価値を感じて、初めて成立する。
高価な塾へ通わせることが、すべての子どもにとって価値になるわけではない。親が安定した道だと信じて勧める仕事が、子どもにとって幸せな仕事とも限らない。
親が与えたいものと、子どもが必要としているもの。
その二つは、必ずしも一致しない。
ここで親が自分の考えだけを押し通せば、顧客の声を聞かずに商品を売り続ける会社のようになってしまう。
「あなたのためだから」
この言葉は、親が最も使いやすく、そして使い方を間違えやすい言葉なのかもしれない。
営業には、市場調査がある。顧客の反応を見て、何を必要としているのかを知ろうとする。
それなら親にも、子どもの声を聞く時間が必要だ。
何が好きなのか。
何が怖いのか。
なぜ嫌なのか。
どんなときに助けてほしいのか。
子どもは、自分の気持ちをいつも正確に説明できるわけではない。だから表情や態度、返事の仕方から考えるしかないこともある。
しかし、それは子どもを親の望む方向へ動かすための調査ではない。その子がどのような人間なのかを、親が知るための対話だ。
そう考えると、親子関係で最も大切な商品は、教育でもお金でもないのかもしれない。
それは信頼だ。
失敗しても家へ帰れる。
困ったときには話を聞いてもらえる。
親と違う考えを持っても、自分の存在まで否定されることはない。
その信頼は、一度の立派な言葉では作れない。
営業が普段の発信や交流の積み重ねによって信頼を得るように、親子の信頼も、何でもない毎日の中で少しずつ作られていく。
約束を守る。
話を途中で遮らない。
間違えたら、親も謝る。
親が忘れてしまった小さな出来事を、子どもが何年も覚えていることもある。
反対に、親があれほど悩んで伝えた言葉を、子どもはまったく覚えていないこともある。
何が残り、何が消えるのか。親には選べない。
では、子育てという営業の利益とは何だろう。
子どもの笑顔だろうか。
成長だろうか。
老後に面倒を見てもらうことだろうか。
もし親が、自分の使った時間やお金に見合う見返りを子どもへ求め始めたら、親子関係は苦しくなる。
「これだけ育ててやった」
「これだけお金をかけた」
「だから親の期待に応えるべきだ」
それは愛情ではなく、回収になってしまう。
けれど子どもは、親の投資商品ではない。
親がどれほど時間とお金をかけても、期待した進路を選ぶ保証はない。親と同じ価値観を持つ保証も、いつまでも親のそばにいる保証もない。
子育てには、契約書もなければ返済期限もない。
利益が出ないからといって、事業を畳むように関係を終えることもできない。
そして、おそらく子育ての最終目標は、長い時間をかけて大切に育てた子どもが、親から離れていくことだ。
自分で考え、自分で選び、自分で失敗し、自分の人生を歩いていく。
会社なら、育てた優秀な人材が去れば損失と考えるかもしれない。しかし親は、子どもが自分の力で生きていけるようになったとき、寂しさと同時に、その成長を喜ぶ。
だから子育ては、世界で最も割に合わないビジネスなのだと思う。
時間も、お金も、労力もかかる。
利益の保証はなく、回収もできない。
それでも親は、今日も子どものために食事を作り、話を聞き、ときには悩みながら、見えない未来へ投資を続けている。
親子関係は、営業によく似ている。
価値を与え、相手の声を聞き、試行錯誤を重ね、時間をかけて信頼を築いていく。
けれど、損得で計算した瞬間に、その関係は壊れてしまう。
親が最後に受け取るものは、支払った金額に応じた利益ではない。
自分とは別の一人の人間が、この世界で生きていけるようになったという事実。
それが、子育てという長期事業における、唯一の成果なのかもしれない。
この企画 3回受け取ってすみません。
ネタ切れです😊
🌱 そして 私はここにバトンを置きます。
と思ったらコロッバー師匠がいました
師匠の何の日シリーズ 大好きです
よろしくお願いします🙇♀️
「る」ですよ。いけるでしょう!師匠なら
ちなみに ある言葉を参考にさせていただきました。
昔 私が言われた言葉 「ママは子供の営業ウーマン」
そして営業fafaさんの記事を参考にさせていただきました。ありがとうございました
