その122 牧野記念庭園
皆さん、こんにちは。
2023年に放送されていたNHK連続テレビ小説「らんまん」をご存知でしょうか?
神木隆之介さん演じる植物学者、槙野万太郎が幕末から明治、大正、昭和の激動の時代の中、「愛する植物」に情熱を注いだ波乱万丈な生涯を描いたオリジナルストーリーでした。
そして、このモデルになっていたのが、「日本の植物学の父」とも称される高知県出身の植物学者『牧野富太郎』さんなんです。

『牧野富太郎』さんが1926年から亡くなるまでの30余年を過ごした自宅と庭の跡地『牧野記念庭園』へ行き、今回はいつもと違ったテーマ「植物」について皆さんと勉強できればと思います。
ちなみに八九寺は「植物」に関して全く知識がありません。
タンポポと多少会話ができるくらいです。


庭園には、約300種類の草木類が生育しており、それらのなかにはスエコザサやサクラ(仙台屋せんだいや)、ヘラノキなどの珍しい種類の植物も数多くあり、学問的にも貴重なものと評されております。
では皆さん、行ってみましょうか!


ソメイヨシノしか知りませんでした。




庭園内はかなり広く、様々な植物や木々が静かに暮らしています。
令和5年(2023年)春に書屋展示室にて、牧野博士が実際に使われていた書斎と書庫に当時の様子を再現する展示もオープンされました。

展示室には、当時使われていた農具や、植物のイラスト・メモなどが残されてました。
拝見していて、牧野博士の生き方・植物に対する情熱や優しさが少しだけ理解できたような気持ちになりました。

皆さん、実は牧野博士の「優しさ・愛情」は植物にだけではなかったんです!
調べてみたのですが、博士には、「壽衛」(すえ)さんという奥様がいらっしゃいました。
通称「すえこ」さん。
博士の膨大な植物研究や標本づくり、書籍出版にかかる莫大な費用と借金に苦しみながらも、家計や家族を懸命に守り続けた奥様だったようです。

昭和2年に、やっと牧野博士が認められ理学博士の学位を得て、いよいよこれから博士の努力が報われる!というときに、なんと壽衛さんは55歳でこの世を去ってしまいます…
その後、牧野博士は最愛の夫人をしのび、前年に仙台で発見した新種のササに夫人の名を冠し、「スエコザサ」(学名ササエラ・スエコアナ・マキノ)と名づけたのでした。
牧野博士の、壽衛さんへの感謝の気持ちだったのかもしれませんね…
壽衛さんも、牧野博士と一緒に想い描いた庭園で、植物に囲まれて過ごした日々、幸せだったと思います。
八九寺、ちょっと涙目で記事書いてます…
その後、山へ採集に出かけられなくなった90歳ごろから、自宅の庭で長い時間を過ごすようになったそうです。
庭に移植した植物を観察・採集したり、標本を整理したり、時に、訪問客と尽きることのない植物の話題に花を咲かせていたそうです。
病床につく93歳まで、家族の心配をよそに寝る間を惜しんで植物の研究や、書き物を続けたエピソードが伝えられています。
昭和32年(1957年)1月18日に満94歳でお亡くなりになりました…

八九寺は、ドラマ「らんまん」も数回観たくらいでしたし、「植物」に対しても正直、興味があるという程ではありませんでした。
しかし、今回記事を書かせていただくにあたり、牧野博士や庭園の事を色々と調べ、少し勉強してみました。
八九寺が感じたのは、牧野博士の植物に対する情熱は正直、限度を超えていたと思います。笑
ですが、家族や家計が大変な状況になっていても、自分の好きな事に突き進んでいく牧野博士と、それを反対するどころか、むしろ博士の近くに居る事が幸せで、一緒に楽しんでいた壽衛さんが頭の中に浮かびました。
牧野博士と壽衛さんの努力や愛の結果が、今現在、私達の周りにある植物の発見や、素敵な名前へと繋がったのかなぁとも感じました。
ちなみに、八九寺がソフビ人形にハマり、新作の人形を購入しようとすると、ま〜ちゃんに怒られます。笑
壽衛さんみたいに、協力してくれ〜!笑笑
今回は、「植物」をテーマに『牧野記念庭園』をご紹介させていただきました。


牧野博士、壽衛さん…ご紹介させていただき感謝致します。
今回は、記事が長くなってしまいましたが、皆さんここまで読んでくださり、ありがとうございました。
こちらも、読んでいただけたら嬉しいです。
