『静かなる力』気功師・浜嶋正憲 (プロット小説) エピソード10
エピソード10
恵理子の帰省
1. 恵理子、実家に帰る
江戸川区西葛西
2階建ての木造アパート、その前にリサイクルショップの貨物トラックが
停車している。作業員2名は冷蔵庫、ソファー、ベッド、家財道具を2階の201号室から、運び出していた。作業も終わり、トラックは走り出す。
恵理子は走り去るトラックを見送った。そして大きなキャリーバッグを引きながら歩き始めた。
ふと振り返り、長年住んだアパートを見つめた。大した思い出は無かった。
そして、もう二度と振り返らない。
「さよなら」「お世話になりました」
アパートに向かって呟く。そして、
前だけを見つめ歩き始めた――
*
201号室の玄関先で途方に暮れた顔で何もなくなった部屋を見ていた。
恵理子の彼氏として一時期同棲もした。今は時々顔を出す程度、
恵理子の給料をあてに生活をしていた、ヒモと呼ばれる男は、恵理子の書置きした手紙を黙って見ていた。
“二度と私の前に現れるな! 電話もするな!”
“最大の過ちは、お前ともっと早く別れなかった事だ。”
飯岡は何もなくなった部屋を呆然と見つめていた。
*
2.萬福寺への参道
恵理子がキャリーバッグを両手で持ち上げながら一段ずつ上がっていく、
途中で立ち止まり、息を整える。そして再び持ち上げる。
かなり重いのか思うように進まない。
参道の上から田代が降りてくる。
「恵理子さんですね、荷物お持ちします」
「ありがとう、助かるわ。………で、君、誰?」
キャリーバッグを軽々と片手で持ち上げて
「初めまして、田代英治です。
萬福寺でお世話になっています」
「聞いてないけど………」
「僕も恵理子さんの事、昨日知りました」
「あっ、そう、まあ、いいや」
田代はキャリーバッグを片手で持ち上げ、階段を駆け登っていく。
「青臭いな」恵理子は顔を曇らせて呟いた。
裏手の玄関口で母親が出迎えた。
「ごめんね、恵理子、言ってなかったわね」
キャリーバッグは既に玄関の中に置かれていた。
「さっきの坊主頭の青臭い青年?何?」
「ゆっくり中で説明するわね」
「お父さんは」
「本堂にいるわよ」
恵理子が本堂に顔を出すと、10人ぐらいの参拝客が椅子に座って拝んでいた。
いつも誰もいないのに恵理子は首を傾げながら、中庭に人が集まっているのに気が付く。側に行ってみると客室で浜島が人々を気で療術を行っていた。
「何、この人……」
目を細め、大きく鼻で息を吸い込んだ。
「胡散臭いな………」
恵理子にはそんな風に見えた。
「ソース顔だ、濃いな」
「泥臭い男だな」
といろいろと観察してしまう。
台所に戻り母親に説明を求めた。
台所のテーブルに腰を下ろし、母親は一部始終を話し始めた。
*
玄関に置いてあったキャリーバッグがなくなっていた。
田代が現れて、頭を下げる。
「お部屋にお持ちしておきました」
「君、ホテルマンみたいね」
田代は笑顔を浮かべ奥座敷に向かった。
恵理子は久しぶりに自分の部屋に入った。昔のままだ。何も変わらない。
両親に感謝しなければ、そう思いながら、懐かしさのあまり、
昔のアルバムを見始める。小学校、中学校、高校と、ここで育ち、青春を過ごした。アルバムを開くごとにドラマがあり青春があった。
アルバムに高校時代のあこがれの先輩、バスケット部のキャプテン
早坂裕也、その時の恋心が蘇る。
その時。
ドアがノックされる。
外から田代の声がした。
「お姉さん、お食事の準備ができました」
恵理子は勢いよく引き戸を開け、
「わかった、今行く………で、君は何者?」
「はい、浜島先生の弟子です」
「ふーん、よくわかんないけど………」
少し露出した服のままだったので、田代は視線をそらしながら
下を向いていた。
「君、意外とウブだね」
田代は軽く頷き食堂へ小走りで消えた。
その後ろ姿を持て、思わず目じりが下がった。弟ができたような
変な気分になっていた。
*
奥座敷の座卓には料理がたくさん置かれていた。
恵理子も久々に見るまともな料理だ。東京では毎日のようにコンビニ弁当。
「今日はウナギと松茸を頂きましたよ」
「先生がいると毎日食卓は豪華だね」
住職が襖を開けて入りながら言った。
「恵理子、しばらくこっちにいるんだろ」
「お世話になりますね、おとうさん」
住職は、髪の毛がない頭を何度もなでた。皺だらけの顔がさらに皺だらけになり
口角が見事に上がっていた。
「先生は今、山本さんと携帯で電話をしています」
廊下から障子を開けて田代が入って来る
「山本さん大丈夫なの」
奥さんが眉間に皺を寄せて心配そうに聞いてきた。
「はい、心配ないと言っていました」田代にも笑みがこぼれた。
少し遅れて浜嶋が入って来る。
軽く頭を下げ入室するが、恵理子には視線は合わせない。
「明日、病院へ行ってきます。相談したいことがあるそうなので」
「山本さん、どうなの」
「もう歩けますし、回復に向かっています」
その言葉の後に浜嶋は恵理子の存在に気が付いたかのように向き直り、一礼する。
「ごあいさつ遅れました。浜嶋正憲ともうします。訳あって昨年から
こちらにご厄介になっています。どうぞお見知りおきを」
「先生、堅苦しいあいさつは後にして、食べましょう」
住職は熱燗をグイと飲み始めた。酒を飲むのは住職だけだ。
「頂きます」浜嶋と田代は手を合わせ、食べ始める。
恵理子はその姿に何故かわからないが、今までにない安らぎを感じていた。
「浜嶋さん、さっき何をしていたんですか、マッサージみたいな雰囲気だったけど」
田代は思わず吹き出しそうになり、手で口元を塞いだ。
「気功というものです、今度側で、見ていてください」
「はい、そうします。何か嘘っぽくて………」
「恵理子、何を言い出す」
一瞬住職が怖い顔をするが、すぐに笑い出す。
「だって全然わからないんだもん」
「恵理子じゃぁ、無理もないか」
「何よ、それ」
田代が笑いをこらえていた。
「君、何笑ってんの」
「すいません」田代は真顔になる。
それを見て住職と奥さんは笑い出した。
「恵理子、田代君をいじめるなよ」
「可愛がってあげるよ」
田代も住職奥さんも笑い出す。浜嶋もつられて少しだけ笑っていた。
恵理子が来たことで、その場に自然と笑顔が増えていた。
3. 大学病院
山本がベッドの上で体を起こし、研究生2人と話をしている。
そこへ浜嶋がやって来た。
「山本さん大分よくなりましたね」
お見舞い用の花を差し出し、さとみが頭を下げながら受け取る。
「先生いつもすみません」
そして、席を外した。
研究生はパソコンと資料を手にしていた。先日の発表会は事故で延期になったが、次回の発表会の目処はいまだ立っていない。
「今度学園祭があるんです。そこに気功体験をやろうかと思うんです」
「知り合いのマスコミも来るので宣伝に良いかと」
「先生と田代君でお願いしたいのですが、どうでしょう」
浜嶋はしばらく無言のまま考えた。
「気功というものをもっと世間に知らせて認知させる必要があると思うんです」
「気功というすばらしい療術をより多くの人に知ってもらう機会です」
研究生が口を開く。
「気という存在が科学で証明できるんです」
学生の言葉に力が入った。
腕を組み、目をつむる。静かに目を開け、頷く
「いいでしょう。引き受けましょう。山本さんのためにも」
「ありがとうございます。先生」
山本は体をさらに起こし、浜嶋の手を握った。
わき腹の傷口を押さえて
「あっ、痛い、」
山本は顔を苦しそうにしかめた。
4. 野口、浜嶋の過去を知る
パソコンでメールが届く、野口は画像を開く、浜嶋の調査依頼をしていた。
データが送られてくる。
画像に映し出される、浜嶋の過去、迷彩服を着た若き浜嶋。
軍事会社の傭兵。
電話を掛ける
「………私だ、人数を増やせ、できるだけだ、奴は手ごわいぞ」
そう言って、直ぐに電話を切った。
エピソード10 完
つづき
エピソード11
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