『静かなる力』 シナリオ・プロット小説、エンタメ原作 エピソード2
エピソード2
1. 弟子志願・そして決別
田舎道の邂逅
翌朝、旅館の前にはもう浜嶋の姿はなかった。
ただ静かに、放浪の旅を続ける者の足跡だけが残されていた。
一方そのころ、浜嶋は田舎道を一人歩いていた。
山間を抜ける風に衣の裾が揺れ、歩みは静かで一定だった。
その背後で、土を蹴る足音がした。振り返ると、
坊主頭の青年が立ち止まり、
深々とお辞儀をしていた。
浜嶋は言葉もなく、再び歩き始める。青年は数歩後ろを黙ってついてくる。
やがて道の先に神社が現れた。浜嶋は鳥居をくぐり、石段を上がる。境内で柏手を打ち、静かに一礼した。
木陰のベンチに腰を下ろすと、青年が息を整えながら近づいてきた。手に持っていたペットボトルを差し出す。
「……飲んでください」
浜嶋は軽く頷き、それを受け取り、口に含んだ。
「君もずいぶん変わったね。いい加減、帰ったらどうだ」
「いえ……弟子にしてもらえるまで帰りません」
「私は弟子をとらない。そんな偉い人間じゃない」
「先生のおかげで……俺は目が覚めたんです。どうかお願いします」
浜嶋は空を仰ぎ、吐息を漏らした。
「私といても貧乏のままだぞ」
「構いません」 田代の真剣なまなざし、
浜嶋は田代の真剣さが本物であることを感じていた。
そして、田代の目はまっすぐに浜嶋だけを見据えていた。
2. 田代の過去
手摺が錆ついた古びたアパート。 2階の突き当りの部屋206号室
空き缶が入った大きなゴミ袋がそのまま玄関の横に3つほど放置されていた。
半透明のゴミ袋の中身の空き缶はすべて缶ビールだった。
2DKの狭いアパート
夕暮れ過ぎ、あたりは静かに暗くなり、街灯がつき始める。静かな住宅街は
より一層静寂に包まれようとしていた。
しかし、206号室にはまだ明かりは灯らない。
幼い子供2人が、窓際で街灯の灯りを頼りに絵本を見ていた。
兄 田代英治(7歳)は妹 幸(3歳)に読み聞かせていた。
“星の王子様” 何度も何度も読んでいるのか、
かなり擦り切れて古びていた。
「お兄ちゃん、お腹空いた………」
「もう少しで、お母さん帰って来るから、我慢できるか」
幸は、すぐに頷いた。泣きそうになる自分を必死に押さえていた。
室内は全く整理されておらず、ゴミが入ったコンビニの袋が散乱していた。
兄、英治は冷蔵庫を開けてみた。入っているのは缶ビールだけ、
一番奥に賞味期限が切れた豆腐が残されていた。
英治はそれを手に取り、妹の幸と
そのまま手で食べた。空腹に染み渡る冷たい豆腐。とにかく、
兄妹は空腹から逃れたかった。
時間はわからない、二人は壁によりかかったまま、
いつの間にか深い眠りについていた。
時間は深夜だろうか、玄関のドアが開いた。母親と男が酔って転がるように帰宅した。母親はすぐ冷蔵庫を開け、二人はビールを飲み直す。
二人の笑い声が、深夜の
静まり返った住宅街に痛いほど響く、
英治が目を覚ました。男と視線が合う。
「おい、ガキに飯、食わせなくていいのか」 口元が酔いで、ろれつがよく回らない。
「何よ、さっき焼肉食べたじゃない」
母親は再婚した男に絡みつきながら床に倒れ込む
「焼肉食べたのは俺たちだよ、違うガキだよ、お前の」
「あっ、そうか、忘れてた、」 母親はカバンを手元に引き寄せ、中に手を突っ込んだ。
そして、潰れた菓子パンを2個無造作に取り出し、英治の方へ投げた。
「ほら、餌だよ、お食べ」
そう言い残すと、千鳥足で、男と別の部屋に入って行く――
英治は幸を起こして菓子パンを食べようとしたが、幸は起きなかった。
何か様子がおかしい、幸の頭を触ると物凄く熱い。
英治は母親と男が寝ている部屋へ入り、母親の体を少しだけ揺らした。
反応がない、少し強めに揺する。
「何、どうしたの」 母親はうるさそうに、体を反対へ向けた。
「幸が、変なんだ、すごい熱なんだよ」
英治は母親の体を揺する。
「だから何、 寝かせてよ、疲れてんだから………」
ベッドの隣で寝ている男は既に高いびきをかいている。
英治はもう一度母親の体を揺らす。
「大丈夫よ、明日には治るから………」 その後の言葉はもう聞くことはなかった。
母親は深い眠りについた。
英治は幸をかばうように古びた毛布をかけ、一緒に寝た。
幸は苦しそうに息をするだけ、目は開けることはなかった。
二人には専用の布団はなかった。
いつも散らかった部屋で毛布にくるまって寝ていた。
あくる日、母親は忙しそうにめかし込んでいた。
「あんた、早くしないと遅れるよ」
男は眠そうな目をこすり、ベッドから起きてきた。
タバコに火をつけ、大きく吸い込み吐き出した。
狭い室内はみるみる煙草の白い煙で充満した。締め切った室内では煙の行く場所はない。母親と男の様子をじっと毛布をかぶりながら英治は様子を見ていた。簡単に化粧をした母親は財布から1千円札一枚を英治に投げた。
「お母さん、少し帰ってこないから、これで何か買いな」
そう言い残すと、男と玄関のドアを勢いよく開いて、出ていった。
英治は幸の額に手を添える、熱が下がらない。幸の息がかなり弱くなっているのを感じる。
目を開けようとしない、
「幸、大丈夫か、しっかりしろ、幸、幸、」
英治は何度も妹の名前を呼んだ。
その時、滞納している家賃を回収するため大家さんが玄関のドアを叩いた。
「田代さん、いますか、 家賃3カ月分お願いできますか」
反応はない、玄関ドアの横にキッチン窓が少し開いていた。その隙間から
大家さんは英治の姿を見つけた。そして英治も大家さんを見つめ叫んだ
「………助けてください、お願いします」
その言葉に反応した大家さんは玄関ドアを開け中にはいった。
*
アパートの前に救急車とパトカーが止まっている。
救急車は幸をすぐに病院へ搬送し、英治はパトカーの後部座席に座り
婦警からいくつか質問をされていた。
*
英治が病院に到着した時、幸は既に息を引き取っていた。
幸の安らかに寝る顔、3歳の幼い妹の死が英治には、とても受け入れられなかった。
涙が嫌というほど流れていく、袖で何度も拭く、止まらない、でも絶対声を出しては泣かない、必死にその悲しみに耐えていた。歯を食いしばり、幸の眠る顔を焼き付けた。 お腹いっぱい、おいしいものを食べさせてあげたかった。
甘いお菓子も―
英治の握られた左右の拳が開くには時間がかかった。
病室の廊下では警察と福祉の職員の会話が聞こえる。
「 母親と3人暮らし、それと男がいたようです」
「母子家庭ですか、育児放棄ですね」
「母親を緊急手配しました」
「あの子には、施設で暮らした方が幸せかもしれませんね」
英治は背後から聞こえてくる大人の会話に耳を傾け、湧き上がる怒りを
こころの奥底に必死にしまい込もうとしていた。 もう涙は出なかった。
英治は、窓の外を見つめていた。外の風景は紅葉の季節が終わりかけていた。
3. 怒りの解放 邂逅
ポマードでリーゼント、口ひげにサングラス、白のジャケットに赤の柄シャツ、白い太めのスラックス、靴はピカピカの白いエナメル、昭和の映画に出てきそうなチンピラ風貌だ。
田代英治はダチと肩で風を切りながら繁華街を、カモを探して歩いていた。
「おい、英治、そろそろ組に入れ、」
地元のヤクザが田代も見かけるたびに声をかけてくる。
裏社会では顔が少しは知られている存在のように見える。
「おれ、フリーが好きなんで………」
「あんまり、暴れんなよ」
側にいた舎弟が、田代に眼を飛ばしながら
「兄貴、あいつ、何なんですか?」
「あいつに、手を出すと厄介だから、適当にあしらっとけ」
「怒らすと、狂犬だからな」
「そうですかね、弱そうに見えるけど」
舎弟は通りすぎた田代を、振り向き、肩で風を切って歩く田代の後ろ姿を見ていた。
酔ったサラリーマン2人が田代の方に当たる。
酔ったサラリーマンは気持ちよさそうに会話に夢中になっていた。
「こら、待てよ、おっさん」
田代はサングラスを懐にしまい、相手の足のつま先から頭まで、舐めるように睨みつけ、啖呵を切った。
「ぶつかって、何もいわねぇーのか」
「相手にするな、行こうぜ」
サラリーマンは無視して逃げるように歩き出す。
*
裏通り、路地裏、ゴミ箱が並ぶ店舗裏、
勢いよく飛ばされるサラリーマン、両手を合わせ、許しを求めるサラリーマンの姿。
財布から現金を抜き出し、サラリーマンへ投げつける。
「慰謝料だよ、………少なくねぇー」
抜き取った金を2人で分け、
「もう一発やるか」
「 わるいな、田代、俺 彼女と約束あるから」
「そうか、じゃあ、」
そして、ダチ(友達)チンピラ仲間は繁華街へと消えていく。
*
その時、浜嶋正憲は駅の改札を抜けた。
ボストンバッグを背負い 古びた運動靴と綻びたズボン、髪は長く後ろで結ばれていた。顎髭を伸ばしたまま、ホームレスに間違われる、そんな風貌だった。
駅のロータリーで一度立ち止まり、周りをゆっくりと見て、大きく息を吐いた。
街行く人々は着飾り、店のネオンが眩しいほど視界を埋め尽くす。
浜嶋はなんだか浦島太郎になったかのような、そんな気分になっていた。
*
中年のサラリーマンがスナックから出てきた。ママとハグし合い、嬉しそうな男、
懐から分厚い財布を出し、ママにチップ1万円を胸元に差し込んだ。ママは喜び男に抱き着いた。すべてが営業スマイルなのは、距離を取ってみればすぐわかる。
田代は、その男に目を付けた。
カツアゲ、これがシンプルで一番早い、それにサラリーマンは金回りがいい、
ちどり足で気持ちよさそうに歩く中年のサラリーマン。 尿意を感じ、路地裏に入り込んだ。人目が無いところに男はズボンのチャックを下し、小便を始めた。
「おい、おっさん、テメェーどこで、小便しているんだ!」
男は用をしながら、後ろを振り返る
「ガキ、うせろ!」
「人の縄張りで勝手に小便すんじゃねぇーよ」
「ばかか」
男はまだ終わらない小便を田代に向け足元にひっかけた。
田代の自慢の白いエナメル靴が小便で濡れた。
田代の目が変わった。
冷たく沈んだ瞳の奥に、消えない悲しみが揺れていた。
次の瞬間、中年の男は地面に倒され、田代に何度も蹴られていた。
田代は無言で、無表情で、男を先が尖ったエナメルの靴で容赦なく蹴り上げている。
中年の男は激痛のあまり、飲んで食べたものをすべて吐き出した。
それが、田代のズボンを汚した。
「クリーニング代もらうぞ」
苦しさのあまり、中年の男は財布を懐から出した。
「やめなさい」
2人に声をかけたのは浜嶋正憲、
その言葉に田代は振り返り、睨みつけた。
「なんだ、テメェー………ホームレスか」
「彼は、無抵抗だ」
「関係ない」
「怒りが、収まらないのか」
「うるさい」
中年の男は体を起こそうとして、嘔吐する。
そして、田代のズボンを再び汚した。
「この野郎ーわざとだなぁ」
田代は、中年の男の顔面を力いっぱい殴り、気絶させた。
「君は怒りに食われている」
「その怒りは………かなり前だな、子供の頃からか」
田代はズボンの後ろポケットからナイフを抜き出し、浜嶋に向けた。
「死にたいのか」
田代はドスが効いた声で 目を細めて呟く
「普通のチンピラではないな」
浜嶋は体を自然に右45度に傾けた。
田代は予告なしにいきなりナイフを突きつけてきた。
ただの脅しではないことは、田代の動きが証明している。
ナイフを刺し出す手数が浜嶋を襲う、
浜嶋はナイフを除けながら後ろに下がる。
そして、田代の腹部に一撃、
浜嶋の軽く出した拳が田代の体の動きを止めた。
田代は地面に倒れ込み、体をくの字に曲げ悶えていた。
「チクショウー」
それでも、立ち上がろうと、目だけは大きく見開き浜嶋を睨んでいた。
浜嶋は腰を下ろし
「君の怒りを、そこまで駆り立てるのは何だ。」
浜嶋は呼吸を整え、大きく1回深呼吸し、田代に気を送る。
何かを感じ取ったように
「君は、悪人ではない、ただ悲しみに囚われているだけだ」
「毎日、胸が苦しいのではないか」
浜嶋は田代の頭頂部、中心 (百会と呼ぶ) 剣指法 人差し指と中指で気を送る
そして、胸(中丹田)に開気法、手のひらをのせ気を送る
最後に 運気法と呼ぶ 丹田、命門、会陰 身体のすみずみまで、
気を意識して送る。
わずかの時間だが、田代が今苦しんでいた肉体的苦痛は消えた。
同時に、感じていた怒りも消えていた。
「どうだ、少し楽になったか」
その言葉に何も言い返せなかった。黙って地面を見つめるしかなかった。
「君は、ただ怒りと悲しみに囚われていただけだ」
田代はよくわからないが、目頭に熱いものを感じた。
顔を上げると、浜嶋の姿はなかった。
そして、目からは、大きなひと粒の涙が流れていた。
4 田代の変化
カウンターバーで、窓越しに田代は半グレ仲間の坂巻とコーヒーを飲んでいた。
吸っていた煙草を消し、田代はあの日の事を、頭の中で何度も何度も
繰り返し、映像が流れていた。
「君は、ただ怒りと悲しみに囚われていただけだ」
浜嶋の言葉が頭から離れない
誰に対しての怒りだ。妹を救えなかった怒りか 母親に対してか
確かに、気持ちは楽になった。
「田代、お前、最近変わったな、」
「そうか」
「落ちついてきたよ、」
「それに、すぐ キレなくなったしな」
「24だからな、」
「おれも、そろそろ足洗うわ、ガキが出来るしな」
坂巻の携帯にラインが入る
「ゴメン、行かないと」
坂巻は外に停めていたスクーターにまたがり、爆音とともに帰っていく
田代は一人コーヒーを飲む。
窓から、多くの通行人が通り過ぎていく中で、不動産屋の前で物件を見ている男がいた。あの時のホームレスだ。
田代は店を飛び出し、浜嶋を追いかけた。
浜嶋は店の前で腕を組み考えている。
「おい、お前、お前だよ」
浜嶋はゆっくりと振り返る。
「あのときの君か、どうだ、気分は」
「どうだ、じゃねぇよ、」
「私が、帰国して、初めて癒しを行ったのが君だ」
「そうじゃない、何してくれたんだよ」
「心を癒やしただけだ、ただそれだけだ」
田代は、理由がわからず、とりあえずファイティングポーズをした
「そのエネルギーをもっと他に向けなさい」
去っていく浜嶋の後ろ姿をただ見ていた。
田代はどうしたらいいのかまだ自分でもわからなかった。
彼はいったい何者なのか、得体のしれない、深い人間に出会い田代の戸惑いは、隠すことはできなかった。
いったい自分は何のために生きているのか、両手を見つめ自問自答を繰り返す。
自分はあの日あの時、何かが変わった。説明できないが、それは確実に自分の中で
感じていた。
*
街の住宅街から少し外れた古びた古民家、入り口に小さな板に、手書きで
浜嶋気功療術院と書かれた看板が掲げられていた。
特に宣伝はしていないようなので、人が出入りしている様子はない。
ご近所のおばあさんが、畑で取れた野菜を持ってきてくれる。
手入れが行き届いた庭には、小さいながらも日本の風情を感じさせる。
玄関前に田代が立っていた。
その姿は、チンピラ特有の風貌はもうそこにはなかった。
普通のストレートのズボンにワイシャツを着ている。
自慢のリーゼントは短く刈り短髪にしていた。
ただ玄関前にたたずんでいる。
ご近所のおばさんが、籠にじゃがいもとサツマイモを入れてやって来た。
何も言わず近所のおばさんは、玄関を開けて、持ってきた収穫物を玄関の中に入れ
「先生、お客さんだよ………」
大きな声で浜嶋を呼ぶ
置かれた、じゃがいもとサツマイモを見て
「これは、これは、ハルさん いつもすみません」
そして玄関引き戸の先には 田代英治が頭を下げたまま 立っている
「君も、しつこいね、僕はね、弟子は取らない、そんな器はないよ」
「お願いします………」
浜嶋は勢いよく玄関引き戸を閉めた。
側にいたおばさんが、ニコニコした顔で
「腰治ったからのー、すごいな、先生は、」
「あきらめないで、頑張りや」
そう言ってニコニコしながら、ご近所のおばさんは帰って行った。
田代の決意は握られた拳の固さよりも固いかもしれない。
5. 弟子入り
境内の日暮れが涼しく頬を撫でる。田代は声を震わせた。
「先生、お願いします。俺はもう逃げたくない。地獄まででもついていきます」
「地獄は嫌だな」
浜嶋は苦く笑い、飲み終えたペットボトルを返した。
「だが――ついて来たいなら、好きにすればいい」
「……はいっ!」
その返事は、かつての荒んだ青年の声ではなかった。
*
仲間への決別
浜嶋と田代は国道をひたすら歩いていた。
爆音を轟かせた改造車輛が近づいてきた。車高を低くした違法改造車
2台の車両は田代に気が付き、側道に停めた。
助手席のパワーウィンドウが開き、金髪に髪の毛を染めた青年が、
体を乗り出し、田代に手を振った。
「おーい、英治、何やってんだよ、探したぞ」
田代は、一瞬だけ彼に視線を送り、そのまま歩き続けた。
その歩く速度に合わせ、かつての仲間の車輛がゆっくりと進む
「おい、無視すんなよ、」
「これから、北部の相馬ヤローども、ぶち、のめしに行くんだ」
「早く、乗れ」
田代はかつての仲間に近寄る。
浜嶋は振り向くこともなく、そのまま歩き続けた――
「………俺に構うな、」
「引退だ」
「ふざけんな、早く乗れ」
田代は、無視して歩き続ける――
助手席の若い男が飛び出してきた。
そして、田代の進路を塞いだ。
男は田代の胸ぐらを掴んだ。
「なめてんのか、こら!」
田代は、男の手を強くつかみ取る。
田代の目つきが、かつての凶暴な目に変わる。
だが、その怒りの目は直ぐに消えた。
「俺は、変わるんだ………」
そう言って歩き出す。仲間はそれ以上追わなかった。
男は車に乗り込み、爆音を立てて去って行った。
浜嶋はその様子を見ることなく、ただ歩き続ける。
そして、ふと、思いついたように止まり、後ろを振り返る
少し後方に田代の姿があった。
目が合うと、田代は軽く頭を下げた。
浜嶋も無言のまま少しだけ頷く。
夕暮れの闇に吸い込まれていく二人の足音は、どこか澄み切った響きを持っていた
その夜、浜嶋は田代を受け入れ、宿を取った。
畳の上で横になると、田代は目を閉じた。幼い妹の笑顔が浮かび、涙がこぼれた。
浜嶋の背中が、かつて失った温もりの代わりのようにそこにあった。
