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『静かなる力』気功師・浜嶋正憲(エンタメ原作) エピソード6  

エピソード6


病院の嫉妬
 
1. 根津総合病院
 
河山市役所。その隣に、ひときわ目立つ建物があった。
根津総合病院――。
小さな町の中で、その姿は圧倒的な存在感を放っていた。
広い駐車場には車が並び、絶え間なく高齢者たちが診療に訪れる。
一階受付の奥では、経理事務長がパソコンの画面を見つめていた。
画面には毎月の売り上げ数字が細かく表示されている。
少し離れた場所で、院長の根津が腕を組み、その様子を見ていた。
患者が少ない。
最近かなり減ってきた。
なぜなんだ――。
待合室で順番を待つ高齢者たちの姿が、目に見えて減っている。
事務長がプリントアウトした資料を差し出した。
「事務長、どう思う」
「この町は根津病院が独占状態ですので、正直わかりません」
「先月より半分に下がっている」
「人口が少ない分、数字に出やすいんでしょう」
そこへ看護師長の矢崎が会釈しながら通り過ぎた。
「矢崎さん、患者が減った理由、何かわかるか」
矢崎は少し笑顔で答えた。
「気功です」
「気功?」
「お寺で気功療術をしているみたいです」
「何だ、その気功ってやつは」
「手をかざして、気の力で療術するみたいです」
「矢崎さんは知っているのか、それ」
「私は腰痛が治りましたから」
「そんな所へ行くなよ。君、看護師だろ」
「東洋医学にも見習うべき所はあるみたいですね」
そう言い残し、矢崎は診療室へ戻っていった。
根津は事務長の耳元で低く呟いた。
「そいつは詐欺だな。違法な医療行為だ」
口を閉じたまま、力を込めるように。
「私が調べてきましょうか」
「いや、私が行く……」
根津は院長室へ戻った。
パソコンを立ち上げる。
検索窓に「気功」と入力した。
室内の鴨居には歴代院長の写真が並び、まるで訪れる者たちを見下ろしているようだった。
昭和の時代から続く病院。
根津は三代目院長である。
根津与平、五十五歳。
離婚歴あり。
長男と次男は医学部を卒業し、東京の大学病院に勤めている。
大柄で威圧感のある男だった。
短気な性格で、患者と口論になったこともある。
遊び好きでもあり、クラブやスナックには毎週のように通う。
ゴルフ、ヨットと趣味も派手だ。
病院で稼いだ金を惜しみなく使うタイプだった。
 

2.小さな気功療術院


河山市飯沼町から少し離れた参道の手前に、小高い丘がある。
その奥に萬福寺という、小さいながらも歴史ある古い寺が建っていた。
浜嶋たちは縁あって、しばらくここに滞在していた。
訪れた参拝客たちに癒やしを行うためだ。
もちろん無料である。
浜嶋は金銭を受け取ろうとはしなかった。
参拝客用の駐車場は二十台ほど。
それでも常に満車状態だった。
車両ナンバーを見れば、地元以外から訪れている人も多い。
一台の軽自動車が駐車場に入ってきた。
老夫婦が段ボール箱を抱え、石段を上がってくる。
中には果物や野菜が詰まっていた。
金を受け取らないため、せめてもの礼として現物を置いていく人は少なくない。
そのため寺の台所や勝手口、玄関は参拝客が持参した品物で埋め尽くされていた。
「先生、一昨日から右肩の関節が痛くて、寝返りも打てないんです」
八畳ほどの和室。
六十代の男性が肩を押さえながら説明していた。
農家だろうか。
作業着姿だった。
浜嶋は男性の肩に軽く触れた。
そして両手で包み込むように気を送っていく。
しばらくして男性は恐る恐る肩を回した。
次第に大きく回し始める。
やがて顔がぱっと明るくなった。
「痛くねぇ……治った!」
「先生、ありがとうございます」
何度も何度も頭を下げる。
和室前の縁側には多くの人が列を作っていた。
和気あいあいと世間話をしながら順番を待っている。
その相手を田代が受け持ち、老人たちと楽しそうに話していた。
山本が静かに襖を開ける。
「先生、すみません。私は急用で大学へ戻ります」
そう言うと、もう一台の携帯電話を田代へ渡した。
浜嶋と田代は携帯電話を持っていないからだ。
「何かあれば、この携帯へ連絡してください」
そう言い残し、山本は大学へ向かった。
時刻は夕刻。
山林のカラスが騒ぎ始めている。
山本が参道を下る途中、一人の男とすれ違った。
根津だった。
互いに目が合い、軽く会釈する。
「あなたも治療を受けたのですか」
根津は山本を患者と思い込んで尋ねた。
「違います。私は先生の弟子です」
「本当なんですか。気で治療できるなんて」
半ば馬鹿にするような口調だった。
その態度に不信感を覚えた山本が尋ねる。
「失礼ですが、どちら様ですか」
根津は名刺入れから名刺を取り出した。
「根津病院の院長さんでしたか」
「で……何の御用ですか」
「詐欺かどうか確かめたくてね。違法な医療行為かもしれないので」
「ご自由にどうぞ。先生はそんな人ではありません」
「あなたもやるんですか。気というやつを」
根津は薄笑いを浮かべながら見つめる。
「すみません。先を急ぎますので」
山本は軽く頭を下げ、その場を後にした。
療術を終えた人々が次々に参道を下ってくる。
「根津院長!あなたも来たんですか」
根津病院へ通う患者たちだった。
病院では患者同士の会話もなく、ただ無言で順番を待っている。
だがここでは違う。
人々は笑い、語り合いながら帰っていく。
根津はその光景を無言で見つめていた。
     *
本堂では住職がお経を唱えていた。
その後ろでは六人ほどの参拝客が座布団に座り、手を合わせている。
参拝客が増え、寺は以前より賑わっていた。
檀家も少しずつ増えている。
お経を唱える住職の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
喜びを隠しきれない。
夕刻。
寺の境内に一人の男が立っていた。
根津である。
辺りを見回し、板張りの質素な建物や参道を値踏みするように眺める。
しばらく偵察するように境内を観察していた。
やがて中庭に面した和室で浜嶋が療術している姿を見つける。
無言で近づき、縁側へ腰を下ろした。
ちょうど最後の療術が終わったところだった。
浜嶋は黙って根津の後ろ姿を見つめている。
田代が患者だと思い、中へ案内しようとした。
「田代君、その人は違います」
根津はゆっくり立ち上がった。
にやりと笑いながら振り返る。
「あんたが浜島さん……」
「あなたは……」
「根津総合病院の院長、根津です」
軽く頭を下げた。
「浜嶋正憲です。縁あって萬福寺さんにお世話になっています」
「うまいよね。騙すのが」
その言葉に田代の身体が反応した。
「田代君、席を外して」
田代は黙って湯飲みを盆に乗せ、炊事場へ向かった。
「西洋医学では理解が難しいようですね」
浜嶋は静かに言った。
「確かに学ぶところはあるかもしれない」
「だが、あなたのしていることは詐欺に近い」
「高齢者をうまく操っているのではないですか」
「私は気で癒やしているだけです」
「お金は頂いていません」
「無償でこんなことをしている?」
「何か他に目的があるのか」
「ありません」
「見返りも何も求めていません」
「そんな馬鹿な話、誰が信じる」
しばし沈黙が流れた。
やがて浜嶋が静かに口を開く。
「嫉妬は、人を狂わせる力を持っている」
根津の表情が変わった。
「根津さん……言葉一つ一つに気を付けてください」
「言葉にも気が宿っています」
「浜嶋さん、やっぱりあんたおかしいよ」
「気功なんて信じた患者が癌治療をやめたらどうする」
「責任取れるのか」
浜嶋は真っ直ぐ根津を見つめた。
「責任を取れないのに治療する資格はない」
根津は何も言わず背を向けた。
そのまま来た道を戻っていく。
田代がお茶を入れた湯飲みを持って戻ってきた。
しかし、そこに根津の姿はなかった。
「先生……」
田代もまた、あの男が何をしに来たのか察していた。
「心配はいらない」
浜嶋は穏やかに答えた。
日が暮れた参道。
石段脇の街灯が一つ、また一つと灯り始める。
根津は階段の途中で足を止めた。
振り返り、本堂を見上げる。
先ほどまでの薄笑いは消えていた。
そこにあるのは冷めた眼差しと閉ざされた口元だけ。
再び歩き出す。
脇道へ唾を吐き捨てた。
「潰してやる」
口を閉じたまま、小さく呟く。
何度も――。

エピソード6 完


つづき 
エピソード7
https://note.com/ohno3819/n/n193c61db4039


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