【エッセイ】料理探訪|台所定期総会
台所に、静かな日がある。
火を使わない日。
鍋が鳴らない日。
包丁がまな板を叩かない日。
そういう日に限って、
台所の奥が、妙にうるさい。
今日は、台所定期総会。
議員たちは、タオルの上に整列している。
刃先はどれも、少しだけ光っている。
光り方に、それぞれの性格が出る。
左の二本は古参だ。
かれこれ40年になる。
握りの木が手に馴染みすぎて、
もう道具というより、同居人に近い。
派手な切れ味ではない。
でも、台所が崩れそうな日に、必ず立て直してきたのはこの二本だ。
「最近、出番が減ったな」
と、言いそうで言わない。
言わない代わりに、刃の重みで語る。
その隣の黄色い柄は、会議の空気を変える。
明るくて、少し軽い。
でも、軽さは罪じゃない。
軽い者がいるから、場が回る。
子どもの手にも、笑いにも、よく似合う。
こういう議員は、実は欠かせない。
中央の長身二本は、背筋が伸びている。
刃渡りが長い。
手数を減らす。
迷いを切る。
魚でも肉でも、黙って一本で片をつける顔をしている。
台所が忙しいほど、静かに仕事をするタイプだ。
右側の黒柄の連中は、実務派だ。
言い訳をしない。
感情も乗せない。
ただ、必要な分だけ切って、終わったら戻る。
目立たないが、こういう議員が多いほど、家庭は安定する。
そして、議長席。
そこだけが空いている。
議長は、僕だ。
僕はタオルの端を少し直し、
全員の顔を順に見回す。
「……始めるか」
誰も返事をしない。
当たり前だ。
包丁は喋らない。
でも、
喋らなくても分かる。
今日は何を作るか。
誰を出すか。
どの刃に、どんな役を渡すか。
それを決めるのが、台所の総会だ。
緊急会議のように焦らない。
火の前で慌てもしない。
酒の勢いで決めたりもしない。
研ぎ石を水に浸し、
刃を一つずつ、整える。
研ぐたびに、
昔の料理が蘇る。
初めて一人暮らしをした頃の、乱暴な千切り。
失恋した夜の、無言の玉ねぎ。
誰かの誕生日に切った、少しだけ丁寧な刺身。
刃先は、記憶を持っている。
だから台所定期総会は、
道具の点検ではなく、
自分の点検でもある。
僕は、ひと息ついて言う。
「よし。今日は、まだ切らない」
議員たちは、黙っている。
でも、どこか安心したように見えた。
切らない日があるから、
次に切る日が、ちゃんと来る。
台所は、そうやって続いていく。
