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【雑記】屍になっても


先週の金曜日、「となりのトトロ」が日本テレビで放映されていたそうだ。これまで何度も何度も観ているし録画データもあるのだが、見逃してしまったことにほんの少し寂しさを覚えている八月下旬。


生活様式にはじまり、親子、きょうだいにまつわる複雑な思い出まで、これだけ再放送のたびに日本で暮らす人間をかき乱すアニメもなかなかないだろう。今回見逃した私でさえ、ネット上にアップされた画像をちらっと目にしただけでセリフや登場人物の表情が再生されてしまった。そしてやっぱり実家の記憶も。

我が実家は「トトロ」で描かれる村のように田畑に囲まれた集落だ。商店はあるし携帯の電波も通じるが、私が思春期を迎えた九〇年代末頃までトイレは汲み取り式だった。
見た目だけはカンタのばあちゃんに似た私の祖母は、子供目線から見てもそうとうな意地悪ばばあであった。私の両親である実の息子とも嫁ともソリが合わず、自然と私たち同居の孫を見る目も厳しくなったのかもしれないが、子供にはそんなことどうしようもない。いつも茶の間にも台所にも、祖母が発する怒りの熱や嫌味っぽい言葉や揚げ足を取ろうとする空気が満ちていたことは記憶している。
盆正月、親戚たちが集まる時だけは祖母が普段の怒り顔や嫌味を引っ込めてにこにことおもてなし仕様の仮面を付けるのも気味悪かった。
私が幼いながらに最も恐怖を感じていたのは、祖母が吐き捨てるように孫である自分の陰口を言うのを聞いてしまうことだった。まず先に自分の母への罵詈雑言をずっと聞かされて育ったが、言い返せるようになれば、あるいは労働力として使えなければ邪魔なほどでかい図体に育てば、その矛先は実の孫であろうと自分に向くのだなと知った。


記憶に残っている嫌味のひとつは、「『かばね』 引きずり」だ。

屍=かばね

もう生命を持たない身体をずるずると引きずっているかのような、緩慢な動き。怠惰な様子。現代標準語訳に祖母オリジナルの嫌味という隠し味を加えれば、さしずめ「お前、生きてる人間だったんだ?グダグダで役立たずすぎて、ゾンビかと思ったわ」といったところだろうか?今まで何度言われたか分からない。
次から次へと仕事をこなす身体は屈強な一方、メンタルはどうだっただろう。しんどさの発散は、ひとり隠れて吐く暴言や地団駄しか思いつかなかったのかもしれない。
なまけもの、に始まり、何の役にも立たない、まともじゃない、偉そうにしやがって。などなど。
そんな風に陰で吐かれた言葉が今でも鮮明によみがえる。しかし、古いアルバムをバリバリと開けば笑顔で幼児の私たち孫を抱く祖母がたくさん写っている。楽しく過ごした時間もあったのは本当のことだ。それが余計にやりきれない。
農業に家事に孫の世話に追われていたんだから、辛かったんだよ。仕方ないでしょう。こんなに可愛がられたじゃないの。
中年の私はそうやってなだめられれば「そうですね」と流すだろう。しかし、あの時私が頬と瞼を腫らすほど熱く流れた涙はなかったことにはできない。
実家から送られてくる米や野菜のおかげで、生まれてから四十年以上私は「食うこと」には困らずに生きてきた。全く品行方正でも祖父母孝行する孫でもなかったし、私がかつてかばおうとした母だって全くの善人じゃない。理不尽ないびりではなく当たり前に不手際を叱られたことも相当あった。それでも、やはり祖母の姿を思い浮かべると、口や眉を歪めて私をだめなやつだと糾弾するあの表情が浮かんでくる。

上京してからは実家とは疎遠になっていて、祖母とも年に数日顔を合わせるだけの期間が長く続いた。十数年前に祖母は死んだが、その葬式で私は遺体を前にしても骨を拾っても泣かなかった。
仕方ない。だって、悲しくなかったから。でも、そんな孫でごめんねと一応心の中で言った。

家の中が平和なのは当たり前じゃないこと、肉親だからといって無条件に愛してくれるわけじゃないこと、人の顔には表と裏があることを教えてくれてありがとう。私が馬鹿正直に言える祖母への感謝の言葉はこんなものだ。当然葬儀のスピーチ担当は私じゃなかったが。
実家のある集落にはかつての同級生が何人か住んでいる。祖母が欲しくて仕方なかった「近距離に住んでひ孫を見せてくれる孫」になったりならなかったりして。私自身に祖母を満足させる孫になるつもりはなかったが、向こうはなかなかあきらめていなかったらしい。
私が本物のかばねになる時までには、もう少しあなたの自慢できる孫になってるかもしれません。私は遠く実家から離れた場所で、白々しいうそをついた。


大羊さん!書きましたよ~

「#エッセイしりとり」バトンというものを迷える大羊さんからいただいたので、タイトルの「ウリ科」の「か」から始めてみました。いにしえのmixi以来のバトン!
ご家族の話からおいしそうなレシピ、カルチャーのお話まで幅広く率直で軽やかな文を書かれる大羊さん。記事中で私の投稿をご紹介くださりありがとうございます。
ちょうど、方言や家族について考えていたところだったのでいいタイミングとなりました。最初数時間、よく読まずに「り…り…よし『離婚』でいこうっ」と見切り発車するところだったのできちんと大羊さんと主催のマイキーさんの記事を読み返してよかったです(※うちの夫婦は円満です)。
もう終了間近の企画ということで、バトンは回さずこのまま終了させていただきます。
夏休みの終わりが近づいている今日この頃。天気予報では「真夏のような」暑さと予報士さんの声がしました。もう真夏じゃないんですね。立秋を過ぎ、処暑を過ぎ。録画してある「トトロ」、半そでの季節のうちにもう一度見ようかな。


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