役目が終わったあと、何が残るのだろう
還暦になり、ふと自分の60年を振り返ってみた。
そんなに平坦な60年でもなかったが、今こうしていられるのはありがたいことだと思う。
でも、いつも何かに焦っていた。
10代の頃は、「やばい、明日テストなのになにも勉強してない」とか、意中の男子と友達が仲良くなっていくのだったり、なんとなく焦り方がかわいい。
それが社会に出ると、少し切実になってくる。
私の若い頃は今と違って、女性が輝ける時代ではなかった。
25歳前後になると、結婚できるのだろうかがずっと頭にあった。
それと同時に、若さへの焦りもあった。
30歳を越えると若くない、そう言われているように感じていた気がする。
今は30代でも綺麗な肌で若々しい女性はたくさんいる。
でも10代の頃の、あのはち切れんばかりの細胞の勢いは、なくなっている。
焦っていたのは、終わりが近づいてくる感じがあったからかもしれない。
40歳を越えると、女性として終わるのではないかと不安になる。
大きなお腹をした妊婦を見ると、心がざわざわしてくる。
身体が閉経に向かっていってるのを認めたくないのかもしれない。
女として終わるのが怖かったのだと思う。
終わるって、なにが終わるのだろう。
たぶん、なにかの役目が終わることだと思う。
50代になると、子育てが終わる人も多くなる。
母親としての役目も、いったん終わる。
次はなにが終わるのだろう。
私の母は、父を60代で見送った。
母は、妻という役目も終えたのだ。
若さも、女も、母親も、妻も、次々役目を終えたら、何が残るんだろう。
軽くなってるのかな?
それとも、ひとつずつ積み重ねたものが、どっしりあるのかな?
今はまだ、わからない。
でも今は、あまり深く考えないようにしようと思う。
淡々と、でもちゃんと地に足つけて今日を過ごしていきたい。
役目がない自分も自分だ。
そう思える日がくるかもしれない。
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