器が大きいのに憧れる
まっ、いいっか
大丈夫、大丈夫
そんな風に、いろんなことを軽やかに受け流せる人がいる
器が大きいな、素敵だなと思う
それに比べて、私はどうなんだろう
昔の私は、嫌なことがあるとすぐ感情が揺れて、人の言葉にも振り回されてた
特に短気な人と接すると、こっちまでイライラしてきて、「なんでそんな言い方するの?」って腹が立ったり、ビクビクして悲しくなることもよくあった
でも、そういう人たちと関わる時間が長くなるにつれて、少しずつ自分が変わってきたことに気づいた
前だったら言い返したり、落ち込んだりした場面でも、「あ、この人はいま感情で話してるだけなんだな」って、一歩引いて見られるようになってた
相手は変えられない
でも、自分の受け止め方は変えられる
そう思えるようになってから、不思議なくらい気持ちが楽になった
だから今は、短気な人も人生の先生だったのかもしれないって思う
もちろん、何でもかんでも我慢し続けることが器の大きさだとは思わない
嫌なことは嫌って言っていいし、無理なことは無理って伝えていい
ただ、感情をそのままぶつけるのではなく、「出すべき言葉」と「受け流す言葉」を落ち着いて選べる人に、私は「器の大きさ」を感じる
同じように怒らない人でも
本当に冷静に判断してる人と、諦めて何も言わなくなった人
同じように静かでも、心の中は全然違う
私は、人の器って、思い通りにならないことをどれだけ穏やかに受け止められるかなんじゃないかなって思ってる
私は諦めるのではなく、これまでの経験をすべて自分の糧にして、穏やかに笑える人でありたい
失敗したこと
傷ついたこと
人を許したこと
自分を許したこと
振り返ってみると、あのとき腹が立ったことも、遠回りだと思ってた経験も、すべてが今の私の中に静かにいる
それらの経験が、時間をかけて、私のガチガチだった心を少しずつ柔らかく、丸く育ててくれたのかもしれない
今の私も、まだまだ勉強中
それでも昔より、感情に振り回されることは減った気がする
人の器って最初から決まってるものじゃなくて、出会いや失敗、悔しさや優しさに触れながら、少しずつ広がっていくものなんだろう
だから今は、人の器って何かを知ることよりも、自分がどんな経験を受け止めてきたのかを振り返ることのほうが大事なんじゃないかなって感じてる
今日も目の前の人や出来事に、できるだけ穏やかに、誠実に向き合っていきたい
そう思いながら、一歩ずつ歩んでいます
胃袋が元気なうちに大きな器のラーメンが食べたい
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