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やさしい言葉の中にいるときHSPが感じていること

私は気づくと、
同じような言葉を読んでいます。

「大丈夫です」
「そのままでいいです」
「無理しなくていいです」

読むと、少しだけ楽になります。
肩の力が抜けて、
呼吸がしやすくなる。

「ここにいていいんだ」と思える。
そんな感覚です。

どうして私は、
こんなにも
やさしい言葉を探すのだろう。

そして、どうして反対に、
ネガティブな文章を読むと
気分まで沈んでしまうのだろう。

誰かの悩みを読む。
誰かの苦しさを読む。
誰かの怒りや絶望を読む。

すると、それは
単なる情報ではなくなります。

頭の中でその場面を想像します。
相手の気持ちを考えます。
その人の苦しさが、
自分の中にも少し入ってくる。

読み終わったあと、
「さっきまで私はこんな気分じゃなかったのに」
と思うことさえあります。

だから、
やさしい言葉に向かうのは、
とても自然なことなのだと思います。

HSPの人は、
言葉や出来事を
強く受け取りやすいです。

楽しいものなら、
深く楽しめる。
誰かの喜びにも、
心が動く。

でも、苦しさも同じように入ってきます。

ずっと重たい現実に触れていると、
頭も心もいっぱいになってしまいます。

だから、
自然とやさしい言葉を探します。

これは逃げではありません。
少し休むための行動です。

たとえば、
外でたくさんの人に会ったあと。
静かな部屋に戻ると、
ほっとすることがあります。

静かな場所に戻ったからといって、
現実から逃げたわけではありません。
自分を落ち着かせているだけです。

やさしい言葉も、それに似ています。
現実から離れるためではなく、
現実を受け止められる状態に戻るために読む。

ただ…

やさしい言葉にいると、
最初は安心します。

でも、長くいると、
今度は少し物足りなくなるんです。

「本当は、もう少し
現実に触れたほうがいいのでは」

そんな感覚が出てくることがあります。

やさしい言葉だけでは、
現実そのものは変わらないからです。

仕事。
人間関係。
うまくいかないこともあります。
自分の弱さと向き合うこともあります。

人生は、
「大丈夫」と言っているだけでは
進まないこともある。

でも、だからといって、
ずっと厳しい言葉を
浴び続ければいいわけでもありません。

ちょうどいい行き来が必要なんです。

やさしい言葉で少し休む。
そして、現実の言葉に触れて
感覚を取り戻す。
また疲れたら、
やさしい場所へ戻る。

人は、そうやって
自分の状態を調整しているのかもしれません。

よくあるのは、
「ポジティブなものばかり読むのは
現実逃避なのではないか」
と、自分を責めてしまうことです。

でも、疲れているときに、
わざわざ苦しい文章を読む必要はありません。

ネガティブなものを読むとネガティブになる。
それなら、
読むものを選ぶことも、
自分を守る方法の一つです。

これは、現実を見ないこととは違います。

大切なのは、
「何を読んだら自分はどうなるのか」
を知っておくことです。

やさしい言葉を読むと、
呼吸が楽になる。
重たい文章を読むと、
気持ちが沈む。
現実的な文章を読むと、
少し背筋が伸びる。

そうやって、
自分の反応を知っていく。

それは、
自分自身の取扱説明書を
作っていくことでもあります。

あなたが、もし今、
やさしい言葉ばかり読んでいるとしても、
それは悪いことではありません。

もしかすると今のあなたには、
それが必要なのかもしれません。

そして、もしどこかで、
「これだけでは足りない」
と感じているなら、
それも自然な感覚です。

少しずつ
現実に近い言葉に触れてみる。
きれいごとだけではない話を読む。
自分の足で
立っている感覚を取り戻していく。
そんなタイミングなのかもしれません。

大切なのは、
やさしさだけでも、
厳しさだけでもありません。

自分が今
どちらを必要としているのかに気づくことです。

やさしい言葉に救われる自分もいる。
現実的な言葉を求める自分もいる。
その両方がいていい。

むしろ、
その行き来ができることが、
心の調整なのだと思います。

やさしい言葉は、
現実から逃げる場所ではありません。

疲れた自分を連れて、
もう一度
現実へ戻るための場所なのです。