記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

(書評)第163回「意識のリボン」(綿矢りさ 著)☆8編を収めた短編集。さまざまな立場の女性を通して「生きる事」や「生と死」を描く☆

2017年発行。単行本180ページ。著者の13冊目の作品で、2014〜2017年に発表された8編を収めた短編集です。収録順は「岩盤浴にて」「こたつのUFO」「ベッドの上の手紙」「履歴の無い女」「履歴の無い妹」「怒りの漂白剤」「声の無い誰か」「意識のリボン」です。独身女性、小説家、妻、姉、母など、さまざまな立場の女性を主人公にして「生きること」「死」「家族」「自分らしさ」などを描いています。

「岩盤浴にて」(小説トリッパー/2017年夏季号)

岩盤浴にやってきた女性が、周囲の女性客たちの会話を聞きながら、勝手にその人たちの人生や人間関係を想像していく話です。たとえば「高かったコート(香港旅行のとき30万円で買った)をリサイクル・ショップで売ったら、たった500円だった」という女性の愚痴を聞けば、それを「愚痴に見せかけた自慢では?」と分析するなど、主人公の意識は、他人の言葉から次々と脱線していきます。「癒やし」を求めて来たはずなのに、他人の会話を気にするせいで、頭の中がかえって雑念だらけになります。最後にはサロン会員への勧誘を断る理由まで考えながら帰っていきます。他人を観察しているようで、実は「他人を気にせずにはいられない自分自身」を観察している話です。「身体の老いはあきらめがつく分それほど恐れてはいないが、関係性の老いはできるだけ避けたい」という言葉が印象的です。

「こたつのUFO」(新潮/2014年6月号)

30歳の誕生日を迎えた女性小説家が主人公です。彼女は小説家として思うように作品が書けずに、こたつに入りっぱなしです。30歳になったのに、精神的には全然「大人」になれていないのではないか、と自分を振り返ります。さらには、自分が小説を書くと、読者から「これは作者自身の体験なのでは?」と受け取られてしまうことにも戸惑っています。「30歳なのだから、もっとちゃんとしているはず」という年齢へのプレッシャーと、実際の自分とのギャップを描いた作品です。著者自身もインタビューで、30歳頃に「なぜ自分はこんなに変わらないんだろう」と感じていたと語っています。主人公の独白のような形式で、創作と自身の経験との境界線に悩む姿が描かれていて、興味深かったです

「ベッドの上の手紙」(すばる/2014年1月号)

8編の中で唯一、男性が語り手の短編です。わずか4ページです。元彼女からの郵便物(男性小説家の新刊)の1ページ目の扉の走り書き「私はやっぱり最後は自分で死ぬ作家が好きです」という言葉に激怒した男性小説家が、愛と憎しみの入り混じった複雑な感情を抱いて、彼女に返事を書こうとする話です。過去の恋愛を振り返り、ひとつの恋に区切りをつけようとする男性の心情が描かれます。大きな事件が起こるというより、終わってしまった恋を、自分の中でどうやって処理するかという、静かな別れの物語です。集英社の書評でも「過ぎ去った恋にきっぱり別れが告げられる」掌編と紹介されています。

「履歴の無い女」(文學界/2015年1月号)

結婚したばかりの女性が主人公です。一人暮らしから結婚生活へと移って苗字が変わった自分が、思った以上にあっさりと新しい生活に馴染んでしまったことに、なぜか罪悪感を覚えています。「結婚したら人生が大きく変わるはず」と思っていたのに、実際には昨日までの自分と地続きです。主人公はそのことに戸惑いながら、結婚生活や自分自身について考えます。「苗字が変わった」「妻になった」という社会的な変化と、本人の内面が必ずしも同じようには変わらない、というズレを描いています。

「履歴の無い妹」(文學界/2016年1月号)

「履歴の無い女」と対になる姉妹の物語です。姉が、結婚を控えた妹の引っ越しを手伝っていると、荷物の中から妹が別の女性と裸で写っている写真が出てきます。姉は当然驚きますが、妹との会話を通して、その写真が単なる「秘密」や「スキャンダル」ではなく、女性の身体を見る男性の欲望や、裸を撮影することの意味にまで話が広がっていきます。一見すると「妹の怪しい写真を見つけた」という軽い話ですが、そこから姉妹それぞれの価値観や、女性の身体に対する視線について考えさせる作品です。妹は過去の痛みを伴う記憶を、すっぱり捨て去ろうとしますが、姉はそれも含めて人生だと感じている様子がうかがえます。妹の「人生で残しておく思い出は、安心で、たいくつな方がいい」という言葉が印象的です。

「怒りの漂白剤」(すばる/2017年12月号)

主人公は、自分の中にある「怒りの感情」について徹底的に考え続けています。実はさまざまなマイナス感情の根っこには「怒り」があるのではないか。そして怒りとは、単なる悪い感情ではなく、非常に強いエネルギーにもなる、と考えます。「見返してやる」という気持ちが、自分を動かすこともあります。いっぽうで、怒りに振り回されることからは解放されたい、とも思います。その矛盾を抱えたまま、主人公は怒りを「漂白」するように、自分の感情を分析していきます。また「好きを好きすぎないようにする」「”好きなものはとことん好き”というひいき癖がある。目を輝かせて語るほど好きな対象の数が多く、想いが深いほど、その他の影が濃くなる。好きなものを神格化しすぎず、距離を置いて良い面も悪い面も見極められるようになると、ものすごく嫌いだと思っていた物事のちょっとした良い面も見つけられ、あんまり嫌いでなくなる」という自己洞察は、精神医学でいう「境界性パーソナリティー障害(ボーダーライン)」の治療にも通じるところがあり、興味深かったです。

「声の無い誰か」(すばる/2017年1月号)

高校生の娘を持つ母親が主人公のホラーっぽい話です。地方の住宅街で、猟奇的な連続通り魔が出没しているという噂が広がります。母親は娘の身を心配し、周囲の情報に敏感になっていきます。やがて噂そのものが「デマ」だと分かっても、主人公の恐怖は簡単には消えません。本当に怖いのは「存在する犯人」だけではなく、姿の見えない「誰か」を想像することで、人間の意識の中に恐怖が増殖していくさまを描いています。広まる不穏な噂とそれに翻弄され怯える主婦の姿を描いています。

「意識のリボン」(すばる/2017年5月号)

この本の表題作で、最も幻想的な作品です。20代半ば真彩(まあや)は、母親を早くに亡くします。真彩は父親に「私は絶対に長生きするからね」と約束した直後に、交通事故に遭ってしまいます。事故の激痛の中で意識を失った真彩は、ふと目を開けると、自分自身の身体を上から見下ろしていることに気づきます。肉体から離れた意識のまま、生と死の境目をさまようような不思議な体験をします。川の向こう側には、亡くなった母親がいます。しかし母親は真彩に「戻りなさい」と促します。真彩は生きている側へ戻ってきます。この臨死体験を通して、真彩はこれまで「競争」や「努力」だと思っていたことも、実は自分の肉体や生命そのものを喜ばせるための営みだったのだと気づきます。そして、生まれる前から感じていた「ひかり」が、自分自身の中にあったことを知ります。

単なる「臨死体験」の不思議な話というよりは「人はいつ死ぬかわからない」「生きていることは当たり前ではない」「家族とのつながりは、自分が思っている以上に深い」「人生には良い時も悪い時もあるが、その両方が人間を形作る」ということを考えさせる作品です。臨死体験を経た真彩が、人生の浮き沈みを受け入れ、過去の記憶も含めて、人間の複雑さと自分自身を肯定していく姿が描かれます。著者自身も、妊娠をきっかけに「命の始まりがあるなら、終わりもある」ということを強く意識するようになり、それがこの作品を書くきっかけになったと語っています。幻想的でありながら、非常にリアルな感情を伴う作品です。

綿矢りさ

8編を通して読むと、この短編集は「女性の人生のいろいろな場面」を並べただけではなく、それぞれが独立した物語でありながら「私は私のままで、人生の変化をどう受け入れるか」というテーマが貫かれています。

「岩盤浴にて」→ 他人を気にしてしまう自分
「こたつのUFO」→ 30歳になっても大人になれない自分
「ベッドの上の手紙」→ 過去の恋を手放す自分
「履歴の無い女」→ 「妻」になった自分
「履歴の無い妹」→ 他人から見られる自分の身体
「怒りの漂白剤」→ 自分の中の怒り
「声の無い誰か」→ 母として子どもを守ろうとする自分
「意識のリボン」→ 「生きている自分」そのもの

最後の「意識のリボン」が、それまでの7編で描かれてきた「自分へのこだわり」を、一気に大きなスケールへ持っていくところが面白かったです。日常の些細なモヤモヤから始まって、最後には「そもそも生きているとは何なのか」というところまで行く短編集、と考えると、全体的なつながりが見えてきます。

綿矢作品は、私たちの心の奥にある、言葉にならない感情を的確に捉えて、言葉(名前)を与えて描き出してくれます。それらのものが、著者の持ち味である、繊細な鋭い筆致で描かれています。「綿矢節」ともいうべき「自意識の毒」がどの作品にも入っていて、等身大・自然体・普通の女性の自意識が、巧みに描かれていると思います。

単純なハッピーエンドやバッドエンドでは終わらない、現実の複雑さを映し出していて、著者の観察眼と言語感覚は健在でした☆


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集