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ふたりの「八月」

私は、八月が嫌いだ。

八月は、夫が余命宣告された月だから。

「膵臓がん。余命、一年です」

夫には伏せてもらい、私だけが聞いた。

一年後の八月には、もう、この世にいない。

結婚して十二年目の八月の上旬の出来事だった。

あまりに突然の出来事で、私は混乱した。

すぐに、黄疸を解消するための治療が開始され、

その後、抗がん剤による治療が始まった。

「これは、旦那さんに希望を持ってもらう治療と

 考えて下さい。あくまでも、治癒が目的では

 ありません。」

あの年の八月も、とても暑かった。

私は仕事を終えてから、

連日、夫の入院先に

面会に行った。

夫が好きだったミネラルウォーターを

毎日、届けるためでもあった。

抗がん剤の治療は

とても負担の大きい治療だった。

夫はみるみる痩せていってしまった。

あんなに大きかった夫が

歩いているのが不思議なほどに

痩せてしまった。

それでも、「生きるため」に

夫は弱音を吐かなかったし、

きっと強がっていたと思う。

余命一年と宣告されてから、

また巡ってきた八月。

もうすぐ、この人の肉体が

この世から消えてしまう。

信じたくない。

なぜ、こんな酷いことを

神様はするんだろう?

ギラギラ照りつける太陽を

睨むように、私は仕事に向かっていた。

夫はすでに、仕事ができる状態ではなかった。

ふたりが生きるために

私が働くしかなかったから。

もうじき、この世から

大切な人が消えてしまうのに、

今を生きるために

働かなくてはいけなかった。

そんな自分がとても嫌だったし、

そうまでして生きていたいのかと、

自分に問いかけることもあった。

幸い、夫は八月を乗り切った。

夫の余命宣告を受けた直後、

私は狂ったように

抗がん剤治療による

膵臓癌の治癒率を検索したものだった。

2%だったと思う。

もしかしたら、この2%に

夫が入ってくれはしないだろうか?

現実は、甘くなかった。

癌の転移は肝臓に広がっていった。

そして、十二月、夫はその生涯を閉じた。

余命宣告された暑い八月。

必死に生き抜いた八月。

今でも、八月は胸が痛む月となっている。

ときどきさんから、バトンを受け取りました!😊

次の方は「つ」から始まるエッセイをお願いします。

誰にお願いしようかな?

どなたか、是非!

企画してくださったマイキーさん、ありがとうございます🙏

*イラストは「ふうちゃん」さんからお借りしました*

#エッセイしりとり


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