「書く」と「話す」のあいだを探る旅
~対話フィールドノート#0~
この数日、ずっと迷っていました。
「違う…」
「まだ違う…」って。
「対話をやってみたい。」
その気持ちはあるのに、
どうしても「何をやります」と言葉にできない。
書こうとしては止まり、また考えて、
やっぱりこれじゃない・・・
を繰り返す。
「傾聴します」
「モニター募集します」
そんな言葉を書いてみても、
どれもなんだか自分にフィットしなかったんです。
たぶん私は、「何を提供するのか」を考えていたのではなく、「私は何を確かめたいのか」を探していたんだと思います。
私は去年、ジャーナリングに出会いました。
朝、ノートを開いて、思いつくままに鉛筆を走らせる。最初はただ頭の中を整理したくて始めたことでした。
でも続けているうちに、とても不思議だったけど
自分でも気づいていなかった気持ちが、少しずつ言葉になって、ぼんやりしていた感情に輪郭が生まれ始めました。
そして、「本当は私はこう思っていたんだ」と、
自分自身に出会う瞬間が何度もあり
書くことにそんな力があるんだなってことを知りました。
この2年間、私は内観講座、タロットセラピー、起業塾など、本当にいろいろな場所で学んできました。
振り返れば、どれも無駄ではありませんでした。
でも今思うのは、私が少しずつ変わってこられた最大の理由は、スキルを学んだから…ということではない、ということです。
学びの中で、
自分の内側を文字に書いてみること。
それを誰かとの対話の中で言葉にしてみること。
その繰り返しの中で、
自分が少しずつ発酵していくように、
自分を理解していったのではないかな……
そう感じるんです。
誰かと向き合う「対話」は、講座のグループセッションの中だったこともあれば、カウンセラーやコーチの方との時間だったこともありました。
そして家族や、同じ目標に向かって歩いている仲間との何気ない会話の中でも、たくさんの気づきをもらってきました。
そんな経験を振り返る中で、一つの問いが生まれたんです。
相手がプロかどうかよりも、
「安心して自分の内側を外の世界へ流してあげられる時間」
そのものに、大きな意味があるのかもしれない。
書くことと、話すこと。
一人でノートに向かう時間と、
安心できる誰かの前で、
自分の声を聴きながら言葉にしていく時間。
この二つには、どんな違いがあるのか。
人は書いたり、話したりする中で、
自分自身とどんなふうに出会っていくのか。
今の私には、その答えがまだ解りません。
でも、知りたいと思っています。
だから私は、「対話」を始めてみようと思いました。
と言っても、何かを教えたり、変えたりするためではありません。
私はカウンセラーやコーチとして誰かと関わりたいというよりも、一人の人として、誰かと一緒に言葉を紡ぎ、その時間に何が生まれるのかを、一緒に味わってみたいのです。
自分自身と向き合い続けている一人として、
お互いの言葉を大切にしながら、「話す」という時間にどんな力があるのかを、一緒に探ってみたいと思っています。
そして、実は最近一つ気づいたことがあります。
私はずっと、
「私は何者なんだろう。」
と考えていました。
でも最近は、その問いが少し変わってきました。
「私は何を探究したいんだろう。」
今の私には、その問いの方がしっくりきます。
だから、この試みも完成した企画ではなく、
書くことが好きだから
話すことも好きだから
だからこその「私自身のフィールドワーク」です。
もしかしたら失敗するかもしれないし、思っていたことと全く違う結論になるかもしれません。
でもこのnoteでは、その過程も含めて、
まだ名前のついていない発見や、
うまく言葉にならない感覚を綴っていけたらなと思います。
もし、この問いに少しでも心が動いた方がいたら。
いつか、あなたとも一緒にこの問いを探れたら嬉しいです。
