風の向こうに、秋
長かった夏が、ようやく終わろうとしている。
暑すぎて、しばらくバイクに乗る気にもなれなかった。
そして、久しぶりにバイクに乗った。
走り出してしばらくすると、昨日見た事故のニュースを思い出した。
正面衝突だった。
前を走る車。 対向車。 交差点から出てくる車。
昨日までは何とも思わなかった車が、今日は少し怖く見えた。
疑心暗鬼。
そんな言葉が、ふっと浮かんだ。
疑う心があると、何でもないものまで怖く見える。
そうなのかもしれない。
考えてみれば、バイクは危険だ。
もし僕が事故を起こしたら、僕だけの問題では済まない。 家族にも、大きな被害を残すことになる。
なんで、こんな危険なものに乗るんだろう。
そんなことを考えながら、それでも僕は走っていた。
風が気持ちよかった。
危険なのは分かっている。
それでも僕は、バイク乗りでいたい。
「バイクに乗る人」ではなく、 自分の人生の中で、バイクに乗ることを選んだ人でありたい。
スマホ・ホルダーを買った。
バイクに取り付けた。
たったそれだけのことなのに、夢が広がった。
知らない道を走ってみようか。
少し遠くまで行ってみようか。
そう考えていると、また楽しくなってきた。
そして、一軒の喫茶店に入った。
淹れたての珈琲を飲みながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。
すると、ふっと情景が浮かんだ。
あれは、どこへ行ったときのことだったかな。
昔走った道なのか。 誰かと行った場所なのか。
よく思い出せない。
でも、また行ってみたいと思った。
そのとき、ふと思った。
「また」 は、いつまで使える言葉なんだろう。
いつでも行けると思っていた場所に、行けなくなる日が来る。
いつかまた会えると思っていた人に、会えなくなる日も来る。
そして僕自身も、いつかバイクに乗れなくなる。
そんな当たり前のことを、珈琲を飲みながら考えていた。
知らないところにも行ってみたい。
まだ見たことのない景色を見てみたい。
たどる人生なのか。
それとも、切り開く人生なのか。
そんなことを自問自答している自分が、なんだか可笑しかった。
こんなこと、みんな考えているんだろうか。
それとも、これが僕の個性なんだろうか。
答えなんて、出なくてもいい。
こうやって自分に問いかけている時間が、どうやら僕は好きらしい。
濃い珈琲が、美味しく感じた。
秋は、もうそこまで来ている。
僕も少しずつ歳を取る。
愛車も歳を取っていく。
あと何年、一緒に走れるだろう。
分からない。
だから、今を走ろうと思う。
珈琲を飲み終えた。
外に出る。
ヘルメットをかぶる。
エンジンをかける。
今日も走れる。
それだけで、少し嬉しかった。

この夜の話とは別に、WhiskyCatのカウンターから生まれた物語をまとめています。
WhiskyCat文学全集
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