『よねさんと妖精〜1億円をゴミに捨てるおばあちゃん〜』第6話:生きるって、なんだ?
「おい……起きろ……っ!」
恒一は、縁側で眠るよねさんの肩を必死に揺さぶった。
「頼む……! 俺を助けてくれ!」
追っ手の足音が、すぐそこまで迫っている。
ガサッ──。
垣根が大きく揺れた。
「いたぞ! あの敷地に入った!」
恒一は震える手で、懐から一枚の小切手を取り出した。
──一億円。
それを、よねさんの膝へ叩きつける。
「これだ! これ全部やる! だから……俺を助けてくれ!」
よねさんは、ゆっくり片目を開けた。
小切手を一瞥すると、
声にならない声で
「うむぅ……」
そして懐から、小さな飴玉を取り出す。
ぽんっ。
恒一の口へ放り込んだ。
目を細めながら
「……ふぁんだじぃの始まりじゃな」
「え……?」
その瞬間――
恒一の腹の奥から、妙な笛のような音が鳴った。
身体の奥から熱が一気に駆け上がった。
「……?」
危険な声が近づいてくる。
恒一が振り返った、その瞬間。
「いたぞ──!」
追っ手たちが一斉に敷地へなだれ込んできた。
「捕まえろ!」
「うわああああっ!」
恒一は反射的に走り出した。
木々をかき分け、獣道を駆け抜ける。
「来るなぁぁぁ!」
背後から怒号が飛ぶ。
「あっちだぞー!」
「まだ近くにいる!」
足元がおぼつかない。
肺が焼ける。
それでも走る。
走って、走って――
やがて、森の奥へ追い詰められた。
「……はぁっ、はぁっ……」
恒一が振り返る。
そのときだった。
突風が吹き森が一斉にざわめく。空気が変わった。
鼓動が跳ねる。
全身に緊張が走る。
後方から、何か妙な音が
聞こえた。
──ガサッ。
「……?」
──ザリ……。
「……何だ?」
森が更にざわついている。
追っ手たちも足を止めた。
「おい……何かいるぞ」
強張った声が響く。
「……何だ、あれ?」
次の瞬間──
追っ手の一人が腰を抜かした。
「ギャアアアア──ッ!」
「化け物だぁぁぁ──ッ!!」
その叫び声が、森を揺るがした。
「逃げろ──ッ!」
「うわあああ──っ!」
男たちは武器を放り出し、蜘蛛の子を散らすように森の奥へ逃げていった。
そして──
静寂。
風がスッと止まり、木々のざわめきさえ消えた。
「…………」
恒一は呆然と立ち尽くした。
汗が顔から首筋へ流れていく。
(……いったい、何だったんだ……?)
そのとき──
──ジャリ。
「……?」
──ジャリ、ジャリ。
何かが、近づいてくる。
ゆっくり。
確実に。
恒一の喉が鳴った。
(まだ……何かいるのか……?)
月明かりの向こう。
二つのヘッドライトのハイビームのような怪しい光が、恒一を照らした。
その光は、恒一を捕らえた。
「──っ!」
膝がガクガクと震え
身体が硬直している。
光が恒一を離さない。
「あ、眩しい……っ!」
目を細める。
光の向こうに、何かがいる。
人なのか。
獣なのか。
それとも──。
次の瞬間。
ザザザザザザッ──!!
何かが、もの凄い速さで迫ってきた。
「な、なんだ……!?」
恒一は逃げようとした。
喰われる──!!
歯を食いしばって足に渾身の力を入れる。
一歩。
二歩。
暗闇の中、
その先にあるものに気づかないまま──
ガクンッ!
「うわっ!」
地面が消えた。
「うわあああああ──ッ!」
恒一の身体は、深い崖の下へ投げ出された。
枝が次々と身体を打つ。
身体のあちこちが切り傷だらけになる。
土が舞う。
身体が宙に浮く。
真っ逆さまに、崖下へ。
──その瞬間。
ほのかな金色の光が、恒一の手元を包んだ。
ガシッ!
運よく岩を掴んだ。
「ぐっ……!」
恒一は崖下で、必死に岩へしがみついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ!」
下を見れば、底の見えない闇。
上を見れば──
月明かり。
そして。
(……まだ、いる)
さっきの“何か”が。
崖の上にいる。
「…………」
恒一は息を殺した。
すると──
ザッ。
崖の縁から、影が見えた。
四つん這い。
人間のようで、人間ではない。
獣のようで、獣でもない。
得体の知れない何かが、垂直に近い崖を這うようにして、こちらへ降りてくる。
──ザッ。
──ザザッ。
──カサカサカサカサッ!
「う、嘘だろ……」
近づいてくる。
どんどん近づいてくる。
恒一の指先から、力が抜けそうになる。
「来るな……」
下には、底なしの闇。
上には、得体の知れない何か。
もう逃げ場はない。
「……死にたくない」
声が震えた。
「俺は……まだ、何もできてない……」
走馬灯のように
今までの自分の振る舞い。
人を馬鹿にして見下してきたこと。
自分が全て正解だと
相手の気持ちに
まわりに何一つ寄り添わなかったこと。
自分が困った時
誰も助けてくれなかった。
自分の立場があったから
今までこれたんだ──
一瞬よぎる
あの小学生とおばあちゃんとのやり取り。
──俺がやりたかったことか?
涙がいく筋も頬を伝う。
周りの家庭が部下達が羨ましかった。
温かそうな笑顔。
笑顔……──
本当は──
笑顔が羨ましかったんだ……。
だから
笑顔の人に嫉妬して
馬鹿にして弱者だと──。
一緒に笑いたかった
自分の気持ち面と向かって何一つ話さなかった──
寄り添おうとしてきた者達を嘲笑した。身分が違うと。
傲慢だった。
離れられてわかった。
謝ろう。
次こそは
次こそは
話しかけよう──
仲良くしたいなら
今度は俺から──
「生きたい……!」
その瞬間──
──シュー……。
何かが、恒一のすぐ頭上で息を吐いた。
「…………っ」
恒一は、ゆっくり顔を上げた。
そこには──
二つの鋭い光が、間近に浮かんでいた。
そして──
「アンタ……」
低く、地の底から響くような声。
「まだ、生きる気はあるかい?」
「え……?」
ガシッ!
背中を掴まれた。
「うわああああ――ッ!」
そのまま──
ズルズルズルズル……!
もの凄い力で、崖を引きずり上げられていく。
崖上へ転がった恒一が見たものは──
月明かりに照らされた、
筋肉隆々
ムッキムキ💪のよねさんだった。
「…………」
恒一、白目。
バタン。
そのまま意識を失い、倒れた。
(つづく)
次回予告|第7話
目を覚ました恒一が見たのは──
月明かりの下で
幻想を見た。
夢──?
次回、第7話。
『家族という名の、最後の宝物』
──失って初めて気づくものが、ある。
