「思いやりがない」と言われた
少し前、家族三人でディズニーランドへ行く予定を立てていた。
妻が言った。
「友達に頼まれてるポップコーンバケット、買わないと」
ランドでしか買えない、可愛いバケットらしい。
前回行ったときも、同じ友達から頼まれていた。
そして実際に買った。
かなり大きかった。
ベビーカーのフックに掛けると、歩くたびに脚へ当たる。
位置を変えても邪魔だった。
一日中、その存在を忘れられなかった。
その時期は真夏だった。
暑熱対策だけでも、かなり荷物が増える。
飲み物。
冷却グッズ。
着替え。
三歳児との外出に必要なもの一式。
そこへ、またあの大きなバケットが加わる。
私は妻に聞いた。
「それ、本当に買わないとダメなの?」
「前もめちゃくちゃ邪魔だったじゃん。断れないの?」
すると妻は言った。
「前から思ってたけど、そういうところ、思いやりないよね」
反論の言葉が、喉の奥まで出かかった。
お前が、それを言うのか。
でも、私は言わなかった。
私は、その友達を知らない。
顔も知らない。
話したこともない。
妻から話を聞くので、存在は知っている。
ディズニーが好きで、妻もその人からいろいろな情報を教えてもらっているらしい。
少し前には、その人を含む友達四人で、一泊二日の旅行にも行っていた。
私と娘は家に残った。
だから、妻にとって親しい友達なのは分かる。
でも、私にとっては、妻の話の中にだけ登場する人である。
その人のために、多少の手間を引き受けることはできる。
ただ、こちらの負担が大きくなれば、私はかなりシビアに判断する。
もし相手が私の親友でも、たぶん同じだ。
本当に欲しい。
どうしてもお願いします。
そこまでの温度を感じれば考える。
でも、そうでなければ断る。
荷物が増える。
一日中邪魔になる。
猛暑の中、三歳児を連れて歩く。
そこまでの負担を引き受けてまで、買う必要があるのかと思う。
私には、その判断の方が自然だった。
私はたぶん、愛情を向ける範囲がかなり狭い。
家族。
親友。
本当に自分の内側へ入れた人。
そこには時間も労力も使う。
でも、その円の外側にいる人には、急に計算が始まる。
どれくらい負担が増えるのか。
その関係なら、そこまでやる必要があるのか。
断ったら、何が起きるのか。
私は無意識に天秤へ乗せている。
妻は、私とは違うのかもしれない。
一度引き受けた頼み。
相手が楽しみにしていること。
友達との関係。
そういうものを、私より重く扱っている。
私は家族の負担を見ていた。
妻は友達の期待を見ていた。
範囲が違う。
それだけの話だったはずだ。
でも、私が反発した理由は、もっと単純だった。
私は以前から、妻の方こそ、私や娘への接し方に思いやりがないことがあると思っていた。
言葉の選び方。
声の掛け方。
相手の気持ちより、自分の感情を先に出しているように感じる場面。
それを、その都度伝えてきたわけではない。
ほとんどは何も言わずに流してきた。
だから、
「前から思ってたけど、そういうところ、思いやりないよね」
と言われた瞬間、
お前がそれを言うのか。
そう思った。
その言葉は、喉の奥まで来ていた。
でも、言わなかった。
なぜ言わなかったのかは、今も分からない。
言えば、確実に喧嘩になると思ったからかもしれない。
娘の前だったからかもしれない。
その場で妻の過去を持ち出すのは違うと思ったのかもしれない。
どれもしっくりこない。
言わなかったのだから、私は思いやりのある対応をした。
そう考えることもできる。
でも、内心では妻をかなり強く責めていた。
あのときも。
この前も。
娘に対しても。
私に対しても。
過去の場面が、すぐにいくつも浮かんだ。
そして私は、妻の指摘が正しいかどうかを考える前に、別のことを確認した。
この人に、私を批判する資格があるのか。
私の言い方に、本当に思いやりがなかったのか。
妻の友達との関係を、私が雑に扱ったように見えたのか。
本来なら、考えるべきなのはそちらだった。
でも私は、指摘の中身より先に、指摘した人間の落ち度を探した。
お前だって同じだろう。
そう思えれば、その言葉を受け取らなくて済む。
私は言い返さなかった。
でも、妻の話を聞いたわけでもなかった。
それから時間が経った今も、私はあの言葉を言いたいと思っている。
お前が、それを言うのか。
口に出さなかったことを、後悔しているわけではない。
言えばよかったと、素直に思っているわけでもない。
ただ、言いたかった気持ちだけが、まだ残っている。
妻の友達のために、大きなバケットを持ち歩きたくないと思ったこと。
家族の負担を優先したこと。
関係の薄い相手への頼み事を、シビアに判断したこと。
それは、本当に思いやりがないのだろうか。
それとも、私の思いやりは、届く範囲が狭すぎるのだろうか。
妻の指摘が正しかったのか。
私の反発が正しかったのか。
考えても、まだ答えは出ていない。
ただ一つ分かったことがある。
私はこの記事を書きながら、誰かに判定してほしいと思っている。
私は本当に、思いやりのない人間なのだろうか。
たぶん私は、答えを知りたいのではない。
誰かに「違う」と言ってもらって、自分を無罪にしたいのだ。
