見出し画像

【自己紹介】人生も仕事も子育てもお互いさま〜悲しみもお互いさまであった〜


はじめまして。京都を拠点に、文筆活動や講演、グリーフケアの普及活動をしている木本 努(きもと つとむ)と申します。
このnoteでは、妻のこと、18年間のシングル父さんとしての子育て、仕事やキャリアの葛藤、講演活動、そしてこれからの生き方など、私の心に浮かぶ等身大の言葉を綴っていきます。
初めて私のページを訪れてくださった方へ、私がこれまでどんな人生を歩み、なぜいま、この発信をしているのかをお話しさせてください。

1. 突然のガン宣告から12日後、妻が旅立った
45歳のとき、私の人生は一瞬にして一変しました。当時, 私は会社の代表を務め、仕事一筋の日々を送っていました。家庭には、愛する妻・フミコと、3人の男盛りの息子たち(長男クラマ、次男ユウスケ、そしてまだ2歳4ヶ月だった三男コウタ)。
そんなある日、フミコにまさかの「ガン宣告」が下されます。動揺する間もなく、病魔は恐ろしいスピードで妻の身体を蝕み、宣告からわずか12日後、フミコは帰らぬ人となりました。
「え? うそやろ?」
目の前が真っ暗になるとは、まさにこのことでした。現実をまったく受け止められないまま、私は3人の幼い息子たちを抱え、途方に暮れることになったのです。

2. 仕事を辞め、1年間の「専業主夫」になる決断
「子育てや家事はどうするの?」と、周囲はとても心配してくれました。悩んだ末、私はひとつの大きな決断をしました。「会社の社長を辞め、まずは1年間、完全に家庭に入る。自分が専業主夫になって、家庭の基盤を立て直す」そこから、私の「主夫(シュフ)」としての生活が始まりました。
男3人の子育ては、毎日が戦場です。洗濯物の山、泥だらけの野球のユニフォーム、尽きることのない毎日の献立……。それらを必死にこなす中で、私は「家事や育児は、誰かに『手伝ってもらう』ものではなく、家族みんなの、そして自分の主体的な仕事(=いえのこと)である」という強い信念を持つようになりました。
専業主夫としての濃密な1年間を経てからも、家庭を最優先にしながら、18年間にわたってシングル父さんとして家事と育児を両立させてきました。妻が遺してくれた「ママ友」たちのコミュニティにも積極的に飛び込み、地域やPTAのママ友に支えられながら、必死に息子たちの泥だらけの背中を追いかける毎日を過ごしました。 

3. 涙を奪われ、心と身体がバラバラだった5年間
フミコを亡くした直後、私と息子たちが人前で最後に泣いたのは、告別式の時でした。世間からは「みっともない」「父親のお前がしっかりしないでどうするんだ」という言葉をかけられます。その無言のプレッシャーの中で、私は「泣いてはいけない、強くあらねば」と自分を縛りつけてしまいました。父親である私が泣かないから、子どもたちも家で泣くことができませんでした。
悲鳴を上げる心に蓋をして半年が経った頃、知人の勧めでメンタルクリニックを受診しました。
医師から言われたのは、忘れられない言葉でした。
「病んでいますよ。これまで、泣いてこなかったのではないですか?
男性はパートナーを亡くすと、周囲の目があって泣けなくなる。これは大切な人を亡くした男性の『あるある』なんですよ。泣くことは、気持ちを表出すること。山にでも行って、思いきり泣いてきてください」
「悲しみは乗り越えられる」「前を向こう」と言われても、ただ頷くことしかできなかったあの頃。道標が欲しくて、心のケアが必要だと思いながらも、それが何なのか分からずに心と身体がバラバラになっていました。
その「心のケア」の正体が、大切な人を亡くした悲しみに寄り添う**「グリーフケア」**という言葉なのだと知るまでに、私は実に5年の歳月を要したのです。
その後、私はこの自らの体験を社会に役立てるべく、自分が経験したことを可視化して講演活動を始めました。
* 上智大学グリーフケア研究所 非常勤講師(2016年〜現在)を務めております。
* また、父子家庭を社会全体で支えるため、NPO法人京都いえのこと勉強会理事長として10年間活動を続けました(2014年11月〜2025年3月末の解散まで)。

2014年撮影

4. いま、伝えたいこと
月日は流れ、今年の10月には、当時2歳だった三男も20歳(成人)を迎えます。
長男クラマは独立して家庭を持ち、次男ユウスケはこの春から社会人として東京へ旅立ちました。賑やかだった我が家も、少しずつ静かになり、寂しさが忍び寄る「お一人さま」の時間が増えてきました。
子育てに一区切りが見えてきたいま、私はこれまでの壮れた、けれど愛おしい日々を振り返りながら、かつての私のように**「男だから泣けない」「悲しみとの付き合い方がわからない」と一人で暗闇にいる方の道標になりたい**と願っています。
悲しみは、無理に「乗り越える」ものではありません。「悲しみと共に歩んでいく」こと。それこそが、私が18年かけて学んだグリーフケアの本質です。このnoteが、誰にも言えない痛みを抱えるあなたの、そっと涙を流せる場所になりますよに。
📖 メディア掲載・著書のご紹介
私のこれまでの歩みや、シングル父さんとしての葛藤については、小学館のWebメディア「HugKum(はぐくむ)」にて、丁寧な2部構成のインタビュー記事にしていただいています。こちらもぜひ、合わせてお読みいただけると嬉しいです。

🌟 小学館 HugKum インタビュー記事
* 【前編】突然「妻のがん」が判明、3人の子どもを残して12日後に亡くなった…。45歳・会社社長が仕事を辞めて「育児と家事に専念」した理由

* 【後編】シングルファーザーが社長を辞め、反対されながらも「専業主夫」に。思春期の息子3人を育て上げ今思う「子育ては人としてのキャリアアップ」 

📚 著書
* 『シングル父さん子育て奮闘記』(2019年1月発刊)
* 『悲しみと共に歩いた先に見えた光 〜続・シングル父さん子育て奮闘記〜』(2025年11月発刊)
これから、みなさまとnoteを通じて温かい交流ができることを楽しみにしております。
よろしければ、フォローや「スキ」で応援していただけると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。


いいなと思ったら応援しよう!