【自分を許すという回復力。「大丈夫」と言えなかったあの頃の私へ】
はじめに
気づけばずっと、自分に厳しくしてきた。
ちゃんとやらなきゃ。
迷惑をかけちゃいけない。
弱音を吐くのは甘え。
そんなふうに、自分を励ますというより、追い立てながら生きてきた気がします。
同世代の女性には、きっと似た感覚を持っている人も多いんじゃないでしょうか。
家庭、仕事、親、子ども。
いつも誰かを優先して、気づけば自分のことは後回し。
でもある日、私は昔の自分が書いた一通の手紙と再会しました。
それは、“未来の私へ”と書かれた、小さな手紙でした。
〈あの頃の私〉
その手紙を見つけたのは、実家を離れ、慣れない土地で暮らしていた頃。
毎日を回すだけで精一杯。
生活に追われ、気を張り続け、自分の気持ちをゆっくり感じる余裕なんてなかった。
そんなある日、荷物の整理をしている時に、古い封筒が出てきた。
“未来の私へ”
そう書かれた文字を見た瞬間、胸がざわついた。
こんな手紙を書いたことすら忘れていた。
何を書いたんだろう。
少し怖い気持ちで、封を開けました。
そこには、若かった頃の私の願いや希望が書かれていました。
「未来の私は、ちゃんと笑えていますか」
「自分らしく生きられていますか」
そんな言葉を読みながら、私は、なんともいえず情けない気持ちになった。
現実の私は、笑う余裕なんてなかったから。
「頑張れば、いつか報われる」と思っていた
あの頃の私は、とにかく必死でした。
ちゃんとしなきゃ。
もっと頑張らなきゃ。
私が我慢すればいい。
そうやって、自分を奮い立たせながら毎日を乗り切っていた。
でも本当は、心も体もずっと無理をしていた。
安心したい場所で気を張り、
甘えたい相手に本音を言えず、
誰かに「つらい」と言うことさえ、うまくできなかった。
今振り返ると、完全に“頑張りすぎ”だったと思う。
でも当時は、それしか知らなかった。
頑張ることでしか、自分の価値を保てなかった。
だから、手紙に書かれていた希望がまぶしすぎて、苦しくなってしまった。
私はその手紙を、そっとしまい込んだ。
〈時を経て〉
それから長い時間が流れました。
環境も変わり、暮らしも変わり、少しずつ考え方も変わっていった。
もちろん、その間も順風満帆ではありません。
しんどいことは何度もあった。
でも以前の私と違ったのは、
“自分の気持ちを無視し続けない”ということを、少しずつ覚えたことでした。
無理をしすぎない。
嫌なことを「嫌」と感じていい。
休んでもいい。
助けを借りてもいい。
そんな当たり前のことを、私は人生の後半になって、ようやく学び始めた。
再び、あの手紙を開いた日
子どもが巣立ち、生活が少し静かになった頃。
私は再び、あの手紙を見つけました。
今度は、不思議と逃げたくならなかった。
ゆっくり読み返してみた。
「ああ、私、ちゃんとここまで来たな」って。
理想通りの人生ではなかったかもしれない。
遠回りもした。
傷ついたこともたくさんあった。
それでも私は、その時々で必死に生きてきた。
そして今は、昔より少し、自分を好きでいられる。
〈かつての私へ〉
今なら、あの頃の自分に言ってあげたい。
大丈夫。
あなたはちゃんと頑張ってきた。
そんなに自分を責めなくていい。
未来は、急に変わるわけじゃない。
でも環境が変わり、
出会う人が変わり、
習慣が変わり、
少しずつ考え方が変わっていく。
その積み重ねで、人はちゃんと変わっていける。
だからもし今、苦しさの中にいる人がいたら伝えたい。
まずは、自分に優しくしてあげてください。
頑張りすぎている人ほど、それが一番難しいから。
おわりに
最近の私は、小さな幸せによく気づくようになりました。
朝おきて、コーヒーが飲めること。
湯舟に湯をためて、ゆっくり入浴できること。
気持ちよく眠れた日のありがたさ。
昔は、そんなことを感じる余裕すらなかった。
でも今は思います。
人生は、派手に変わらなくてもいい。
静かに、自分を取り戻していけたら、それでいい。
これは、そんな再出発の記録です
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