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うつわについて、改めて考えてみる。②

土と火から生まれた、うつわ。

それは、ただ何かを入れるための道具として、
人の暮らしの中に根づいていきました。

私たちがまず目にすることになるのが
「縄文土器」です。
歴史の教科書で見た
あの独特な模様や、
力強くうねるような形を
思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

どうして、こんなにも個性的なのだろう。

縄文土器には、
食べものを煮炊きするための深い土器や、
ものを盛るための浅い器など、
さまざまな形があります。
その形には、それぞれ暮らしの中での
役割がありました。

けれど、縄文土器を眺めていると、
「使えれば、それでいい」
というところだけでは
説明できない何かを感じます。

縄を転がして模様をつける。
土を盛り上げて、立体的な文様をつくる。
器の口を大きく広げたり、
複雑な形にしたりする。

そこには、
つくる人の手の跡や、
その時代の感覚が残っています。

もちろん、
「なぜこの模様をつけたのか」
「なぜこの形になったのか」
特に個性的なものは
祭りごとや祈り、
魔除けに使われていたとありますが
あの形がどういう意味を表しているのか
ただ「美しいと思ったから」なのか。
はっきりとはわからないからこそ、
想像する余地があります。

そうして考えてみると、
縄文土器は、
暮らしの道具であると同時に、
人が初めて残した
ひとつの「表現」だったのかもしれません。

そして時代が進むと、
うつわの姿も少しずつ変わっていきます。

稲作が広まり、
人々の暮らしが変わる。
集落が大きくなり、
社会のあり方も変わっていく。
それに合わせるように、
うつわにも新しい形や役割が
生まれていきました。

縄文の土器から、
弥生土器へ。

そして、古墳時代の土師器や須恵器へ。

やがて大陸から伝わった技術や文化は、
日本のうつわにも
大きな変化をもたらします。

土をこね、
火で焼く。

そんなシンプルな営みから
始まったうつわは、
長い時間の中で、
少しずつ姿を変えながら
人の暮らしとともに歩いていきます。

次は、縄文の力強い土器から少し離れて、
弥生から古墳、そして古代へ。

人々の暮らしや社会が変わると、
うつわはどんなふうに変わっていったのか。

土器の形を眺めながら、
その時代の食卓にも
少し思いを馳せてみたいと思います。