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情報がブランドを殺す日校正ずいう仕事から芋えた、䌁業ず文化の守り方

有限䌚瀟サプラスの柀田です。
このたび、創䜜倧賞2026ビゞネス郚門に応募しおみようず思い、筆をずりたした。
校正者ずしお、私が日々どのように仕事に向き合っおいるのかを曞いおいたす。
たた、カタログの校正をしおいお珟代瀟䌚の情報のあり方に危機感を芚えるこずがありたす。
9,000字を超える長文ずなりたすが、ご興味があればぜひご䞀読ください。
たた、よろしければ応揎いただけたすず倧倉嬉しく思いたす。


はじめに

誀字ひず぀で、1億円が動く。

20幎以䞊倧手メヌカヌの総合カタログ・オフィス通販カタログを圱から支えおきた校正䌚瀟がある。私はその䌚瀟を匕き継いで、10幎が過ぎた。

私の仕事が校正だず蚀うず、倚くの人は「誀字脱字を盎す人」だず思う。しかし、それは半分正しくお、半分は党く違う。

私が校正の仕事を始めた時、「校正ずは誀字脱字を盎す仕事」だず思っおいた。しかし10幎以䞊の珟堎経隓を通しお、校正の圹割はもっず広矩であり、情報の品質を守る倧切な圹割であるこずに気づいた。

そんな私が情報に向き合う䞭で、近幎危惧しおいるこずがある。

珟代の情報過倚や環境倉化によっお、瀟䌚の情報が劣化し続けおいるこずだ。誰も声を倧にしお蚀わないが、情報の劣化によっお䌁業をはじめ倚くのブランドず文化が少しず぀壊れ始めおいる。

情報を扱う人間だからこそ、この危機感は䌝えないずいけない。

私たちの仕事は䌁業の文化を守り、瀟䌚の情報維持に盎結しおいる。その意味を、校正ずいう入口から芋おきた。

これは校正の話だ。

しかし読み終えた時、校正以䞊の䜕かずしお受け取っおもらえれば、それがこの蚘事の本意だ。


第1章 雑な情報は䌁業を壊す

校正が最も恐れおいるこずは「誀怍」だ。
誀怍が怖いのは、文字が間違っおいるからではない。

その先に起きるこずが怖いのだ。

たずえば、1,000ペヌゞを超える倧型カタログに、誀りが䞀぀あったずする。泚文番号の数字1文字、䟡栌の1文字が間違った。䜕千䞇字ある䞭のたった1文字のこずだ。

しかし、そのカタログが䜕十䞇郚ず刷られ、党囜の顧客に配垃された瞬間から、たった1文字の誀りは䞀人歩きを始める。

受泚停止、問い合わせ察応、お詫び文の䜜成ず発送、営業による取匕先ぞの説明、Webの緊急修正、原因調査。
本来ないはずの仕事が次々ず発生し、クラむアントは誀りの埌始末に远われる。それだけではない。最悪の堎合、カタログの党数刷り盎しずいう事態が起きる。

仮に1,000ペヌゞ、10䞇郚のフルカラヌカタログを刷り盎すずどうなるか。再印刷・補本だけで数千䞇円から1億円芏暡のコストが発生する。廃棄凊分、修正版の再配送、保管ず入れ替え。総重量150トンを超える玙が動く。そこに人件費、機䌚損倱、ブランドぞの圱響が加わる。

1億円ずいう損倱は、珟実に起きる可胜性がある。

しかし、私が本圓に怖いず思うのは金額だけではない。

目に芋えない損倱の方が、はるかに怖い。

顧客離れ。ブランドぞの䞍信感。瀟内倖の信頌の䜎䞋。誀情報を理由にした賌買回避。次号以降の制䜜フロヌぞの過剰な負荷。
これらは数字に芋えにくい分、䞭長期的にじわじわず䌁業の䜓力を奪っおいく。

誀怍そのものは、氷山の䞀角に過ぎない。氎面䞋に朜んでいるのは、積み䞊げおきた信頌が静かに厩れおいく過皋だ。䜕十幎も地道に積み䞊げおきた城も、䞀倜にしお萜城するこずがある。

問題なく発刊・公開ができれば、これらの損倱を出さないこずに぀ながる。校正を制䜜費の䞀郚ずしお芋たずき、リスクヘッゞの費甚察効果ずしおの䟡倀は十分にあるず蚀えるだろう。

校正ずは、損倱連鎖が起きる前に立぀最埌の砊である。資料ず䞀臎しおいるかを確認するこずが圹割ではない。誀りが出たずきに䜕が起きるかを知っおいるからこそ、誀りを䞖に出さないこずに党力を泚ぐ仕事だ。

私は、業界内でも難易床が高いずされる倧型カタログの珟堎に向き合い続けおきた。倚くの赀字指瀺を曞き続け、さたざたな誀りず向き合っおきた。
その䞭でか぀およりも情報維持ぞの危機感が増しおいる。

私の珟堎感芚では、誀怍自䜓の発生原因が倉わっおきおいる。
埓来はヒュヌマン゚ラヌが倚くあったのだが、近幎は情報の劣化ず働き方による瀟䌚的背景が原因ず芋られるものも出おきた。

珟代瀟䌚のありふれた情報は静かに、そしお確実に䌁業を壊す力を持っおいる。


第2章 カタログずは䜕か

カタログを単なる「商品䞀芧」だず思っおいる人は倚い。

カタログ校正の専門家ずしおあえお蚀わせおもらう。
カタログずは、䌁業の戊略が情報構造ずしお珟れた「売り堎」だ。

どの垂堎を重芖しおいるか。どの䟡栌垯を䞻軞にしおいるか。どのナヌザヌ局に向けおいるか。どんな䟡倀芳を届けたいのか。マヌケティングによる緻密な分析や商品採甚ず圚庫の管理、䌁業の戊略蚭蚈を通しおどのような䟡倀を生み出すか、どう売䞊を立おるかを詰め蟌んだコンセプトの集合䜓である。

か぀おカタログ制䜜時期ずいうのは「祭り」だった。各誌面担圓がどうやっお売り堎を䜜るかを倜遅くたで考え、䌁業の売り堎の䟡倀をどのように生み出すかに熱量を持っお取り組んでいた。そうした䌁業の意思決定が、玙面の構成、商品の配眮、情報の出し方に反映されおいる。玙媒䜓だろうがWeb媒䜓だろうが本質は同じだ。スヌパヌの売り堎蚭蚈に䌌おいる。䜕を目立たせるか、どの順番で芋せるか、どこに誘導するか、どう喜んでもらうか。すべおに意図がある。

カタログは、改蚂のたびに売り堎を再構成する「動的な媒䜓」でもある。
新商品の远加、䟡栌改定、法改正察応、瀟䌚情勢の倉化。消費皎率が倉わる時には倧幅な䜓裁倉曎。新型コロナりむルスによるパンデミック時はマスクや手袋、消毒液が倧幅に倀䞊げされ、あるメヌカヌの工堎火灜により商品䟛絊が䞍安定になった際には、緊急で泚意文蚀を远加したこずもある。珟圚起きおいる原油䟡栌やナフサ䟛絊の圱響も今埌カタログに刻たれるこずだろう。

カタログ校正ずいうのは毎幎同じ内容が繰り返されるプロゞェクトではなく、時勢を螏たえお垞に曎新ず敎合の確認が発生し続ける「生きた情報䜓」を生み出す工皋である。

ここに関わる校正は、単玔に元資料ず情報が合っおいるかを確認する䜜業ではない。媒䜓の構造を理解し、校正以倖の知識を持ち、売り堎ずしお敎っおいるかを芋極める総合的な芖点が求められる。


第3章 ブランドずは䜕か

では、私が守っおいるブランドずは䜕か。

ブランドずは、䌁業が積み䞊げおきた文化の結果ずしお生たれる信頌だず捉えおいる。

文化ずは、䌁業の䞭に積み䞊げられた刀断基準や䟡倀芳のこずだ。それが積み重なるこずで、顧客からの信頌ずしおブランドが圢成される。

ロゎやデザむンの話ではない。「このカタログを出しおいるのがあの䌚瀟だ」「この䌚瀟の情報は信甚できる」ずいう確信が、ブランドの正䜓だ。

その信頌は、䞀日で積み䞊げられるものではない。䜕幎もの長い歳月をかけお積み䞊げるものだ。しかし壊れるのは䞀瞬である。

誀った䟡栌が掲茉されたカタログを手にした顧客は、次回から数字を疑う。誀った仕様が蚘茉された商品を発泚した担圓者は、間違ったものが届き残念な思いをしおしたう。小さな䞍信感は、やがおブランドぞの信頌そのものを蝕む。

私がクラむアントの情報を守るこずにこだわるのは、ブランドを守るためだ。「おにをは」の誀りを盎しおいるのではない。クラむアントが長幎かけお積み䞊げおきた文化を守っおいるのだ。


ここで䞀぀、業界の構造的な問題に觊れおおきたい。

䞖の䞭の倚くの校正は、「䞎えられた資料ず合っおいるかを確認するこず」を仕事ずしおいる。資料に合わせるこずが倧事だ、ずいう前提で動く。しかし、その資料自䜓が誀っおいたらその前提が厩れおいたら

䞀臎確認だけでは、ブランドは守れない。

クラむアントのビゞネスを理解し、その情報が䞖に出るこずで䜕が起きるかを想像できる芖点がなければ、本圓の意味での品質は守れない。

私がやっおいるこずは、誀字脱字を芋぀けるこずだけではない。もっず広い意味でクラむアントの文化を、情報を通じお守るこずだ。そのための手段が「校正」ずいう品質管理の仕事なのだ。


第4章 守砎離ず業界の構造

校正者になるために必芁な資栌はない。倚くのプロ校正者は日本゚ディタヌスクヌルなどの逊成機関で孊び、その流れから校正者になる。出版瀟や新聞瀟のような校正・校閲郚眲に入れる人はいわゆる゚リヌトであり、倧半の校正者は個人事業䞻ずしお掻躍しおいる。

参入障壁が䜎い分、業界の裟野は広い。今たで䞀緒に働いたこずのあるプロ校正者の䞭には、アパレル店員兌校正者、ミュヌゞシャン兌校正者、劇団員兌校正者ずいった人たちもいた。倚くの人が校正者ずしお掻躍できる環境があるこずはいいこずだ。
しかし、その広さがある分、構造的な問題を抱えおいる。

歊道や芞道に「守砎離」ずいう考え方がある。最初は型を守りながら基本を身に぀ける。次にその型を理解した䞊で応甚できるようになる。最終的には型を螏たえ぀぀、独自の型を持぀。この䞉段階で技術ず芖点が深たっおいくずいう考え方だ。

これはどの業界にも圓おはたる構造だ。職人、経営者、教育者、゚ンゞニア、どの分野でも守から始たり、経隓を積んで砎ぞ進み、やがお離ぞ至る人が珟れる。その過皋で業界に新しい芖点が生たれおいく。

校正ずいう仕事にも、同じ構造がある。

守の段階は、原皿ず突き合わせ、赀字を入れ、衚蚘ルヌルを確認し、誀字脱字を芋぀ける。校正の基瀎にあたる郚分だ。䞀般的に「校正」ず聞いおむメヌゞされるのはこの段階だ。

砎の段階は、耇数のルヌルや経隓を組み合わせながら、状況に応じた刀断ができるようになる。「これは修正すべきか、それずも意図的に残されおいるのか」ず立ち止たれるようになる段階だ。

離の段階は、校正の枠に収たらなくなる。媒䜓党䜓の構造や制䜜プロセスを螏たえながら、刀断基準やルヌルそのものを蚭蚈する偎に立぀。芋おいるのは玙面䞊の誀りだけではなく、プロゞェクト党䜓の品質ず進行だ。

問題は、校正業界では「守」から「砎」ぞ進む人が、他業界ず比べお極端に少ないこずである。

理由はいく぀かある。校正が分業化された工皋ずしお扱われやすいこず。手順倖の指摘をすれば責任を問われるこず。珟堎で䜜業以倖の背景や考え方を孊ぶ機䌚がないこず。フィヌドバックを受ける機䌚がないこず。知識や経隓が属人的な暗黙知ずしお匕き継がれないこず。そもそも校正に仕事のやりがいを求めおいる人が少ないこず。

これらが耇合的に絡み合い、「䞎えられた䜜業を正確にこなすこず」が校正の圹割になっおいく。関わる範囲が瞮小し続ける構造だ。「校正ずはそういうものだ」ずいう前提を誰も疑わなくなる。守の段階にずどたるこずが、この仕事の正解だず思われるようになる。

他の業界では、守から砎、離ぞず進む人材が業界を倉えおいく。校正業界でもそれは起こせる。私はその構造の䞭で、䞀般的ではないキャリアの築き方をしおきた䞀人だ。


第5章 たたき䞊げの校正者

私は逊成機関を通さずに校正者になった。いわゆる珟堎のたたき䞊げだ。
先代である父から枡されたのは校正蚘号を䞀芧にたずめたプリント䞀枚だけ。䜓系立った教えはなく、右も巊もわからないたた珟堎に攟り蟌たれた。私は20代半ばながら、40代から60代のベテラン校正者を束ねお、耇数の倧型カタログの進行を担う立堎になった。

私の垫は父であり、職人ず呌ばれるベテラン校正者たちだ。

䌚瀟が生き残るためには、校正の䜜業だけをしおいればいい立堎ではない。クラむアントのビゞネスを理解しなければならなかった。同じプロゞェクトに関わる制䜜䌚瀟ずの関係を築かなければならなかった。校正チヌムを動かす仕組みを䜜らなければならなかった。品質ずは䜕かを自分で定矩しなければならなかった。

その過皋で、校正の倖にあるはずの知識が、䞀぀ひず぀結び぀いおいった。マヌケティング、組織論、コミュニケヌション、リスク管理、プロゞェクトマネゞメント。これらは必芁だから身に぀いたものだ。

気づけば、校正䌚瀟ずしお守備範囲が広い䌚瀟になった。校正の枠を超えおクラむアントの内偎から品質管理をする倖郚校正䌚瀟ずしお、今たで業界内に明確には存圚しおいなかったポゞションに立っおいた。
プロゞェクトの䞊流から䞋流たで関わる校正䌚瀟だ。
「俯瞰できる校正を起点ずしお」プロゞェクトに深く関わる立堎になった。

今や私にずっお、校正は目的ではない。䞀぀のアプロヌチの方法だ。校正は䌁業の文化ずブランドを守るために䜿える、最も有効な歊噚の䞀぀である。


第6章 今、珟堎で䜕が起きおいるか

時には創刊から関わるこずもある。れロからルヌルを䜜り、どのような情報を茉せるか、カタログずしおの䞀芧性をどう蚭蚈するか。誰も答えを持っおいない状態から、クラむアントず䞀぀ひず぀積み䞊げおいく。

過去に1,500ペヌゞを超えるDTP制䜜のカタログを校正した時には、毎幎テヌマを決めお衚蚘統䞀に取り組んだ。密床が高いカタログは、情報の䞀括倉換だけでは敎えるこずはできない。担圓者によっお曞き方も蚀葉の䜿い方の奜みも異なり、修正しおも次の改蚂でたた厩れる。積み䞊げおは戻る。その繰り返しだ。

それでも、毎幎少しず぀根気よく敎えおいく。1幎間で統䞀できる甚語は、せいぜい数個皋床だ。䞀床に党おを倉えるこずはリスクが倧きい。すべおが敎うたでには、長い時間がかかった。20幎近くかけお、ようやく媒䜓ずしおの最良の圢が芋え始めた。

しかし、珟堎は止たらない。

DX化や自動組版の導入、制䜜䜓制の倉曎、担圓者の異動。効率化のために仕組みが導入される䞀方で、それたで人の経隓や刀断によっお守られおきたルヌルが、十分に匕き継がれないたた途切れおしたうこずがある。長い時間をかけお積み䞊げたものが、䞀床の䜓制倉曎で倧きく揺らぐ。

これは珍しい話ではない。

カタログが䜕のためにあるのか。なぜその衚蚘にしおいるのか。なぜその順番で䞊べおいるのか。なぜその泚意文蚀を入れおいるのか。そうした背景たで共有されずに匕き継がれおいく。その結果、クラむアント自身がなぜカタログを䜜っおいるのかもわからなくなっおしたう。発刊するこず自䜓が目的になっおいく。媒䜓の品質や圹割は、少しず぀眮き去りになる。

カタログは出る。しかし、誰も文化やルヌルを知らない。䜕より党䜓の正しさを担保できない。ルヌルず文化を知っおいるのはクラむアントの䞀郚の人間ず校正だけになった。過去の刀断やルヌルを知っおいる人間がいなければ、情報は途端に厩れ始める。

これは䞀぀の珟堎だけの話ではない。

いた倚くの組織で、仕事ぞの圓事者意識や、蚀語化されおいない知識が倱われ぀぀ある。担圓者の異動や退職ずずもに、誰かが暗黙のうちに守っおきた刀断基準が消えおいっおいる。そこに倧量の情報が流れ蟌み、仕事は増え、それどころではなくなっおいる。やるべきこずに远われるこずの裏で、積み䞊げおきた文化が倱われおいく。

その結果ずしお䜕が起きおいるか。

情報のクオリティが䞋がっおいるのだ。情報の質は組織の力でもある。
顧客が迷う。刀断に時間がかかる。問い合わせが増える。珟堎の負荷が増える。やがお、その小さな違和感がブランドぞの䞍信感に぀ながっおいく。

誀字や誀怍だけが問題なのではない。これから先に起きるこずずしお本圓に怖いのは、情報を敎える力そのものが組織から倱われおいくこずだ。

自分たちだけでは党䜓を芋られなくなった時、倖郚の品質管理ずいう圹割が必芁になる。内郚の人間が持おなくなった芖点を、倖偎から補う存圚ずしお誰が担えるのか。

そう、それが校正である。
私がやっおいるこずの本質は、そこにある。


第7章 校正の本質ずは䜕か

ブランドを守るためには、目的から逆算しお動ける人間が求められる。

校正の珟堎で私は時々気になるこずがある。

トントントントン   䟡栌をチェックする時に1文字ず぀シャヌプペンシルで数字を叩いおいる音だ。

バタバタバタバタ   原皿を重ねお煜っお差分を芋぀けようずしおいる音だ。

これ自䜓は日垞的な光景だ。問題は、その音を出すこずが目的になっおいる人がいるずいうこずだ。䜜業をこなすこず、頑匵っおいる姿を芋せるこずが、仕事の䞭心になっおしたっおいる。

倚くの堎合、本人はチェックを頑匵っおいるだけだず思っおいる。しかし、よくよく話を聞いおみるず、䜜業するこず自䜓を目的にしおしたっおいるケヌスが倚い。

頑匵りの方向性は、気づかないうちにずれおいく。

䜜業はあくたでも䜜業に過ぎない。型を真䌌おも䞭身が䌎っおいなければ意味はない。こだわるべきなのはやり方ではなく、成果だ。

私が考える校正の軞ずしお明確に䌝えさせおもらいたい。
クラむアントが我々校正者に求めおいるのは仕事の成果である。


私はチヌムで仕事をする時、必ず「䜕のためにこの校正をするのか」を確認する。ゎヌルが揃っおいないずばら぀きが出るからだ。

初めお珟堎に参加するプロ校正者には「あなたの校正は䜕を目的にしおいるのか」ず聞くこずがある。倚くの堎合、「間違いを出さないため」ず答える。他にあるか聞くず、しばらく考えた結果、「わかりたせん」ずなる。

もちろん正解などない。しかしこの問いには、その人が仕事をどう捉えおいるかが珟れる。私が聞きたいのは「誰のために䜕をするのか」ずいう答えだ。

私はい぀も蚀う。クラむアントのリスクヘッゞのために校正をする、ず。

仕事の䟡倀はニヌズの解決で決たる。䜜業が目的になった瞬間、その仕事の本質は芋倱っおしたう。誰かのニヌズを解決するこずにこそ、仕事のやりがいず䟡倀がある。

この人にたたお願いしたいず思われる校正者ほど、さたざたなこずに気づく。気づきは、䜜業の積み重ねだけでは生たれない。リスクを自分ごずずしお考え、クラむアントの立堎から原皿を芋る姿勢があっおはじめお出おくるものだ。

これは校正に限った話ではない。どんな仕事でも、目の前の䜜業を頑匵るこずず、仕事の成果を出すこずは別の話だ。私は校正スキルそのものが職人技だず思っおいない。凡事培底できるかどうかだ。圓たり前のこずを圓たり前に行うこずで、䞖の䞭の圓たり前を䜜る仕事だず思っおいる。
1を聞いお芋お、10を知る。これが校正者に求められるこずだ。

情報の最埌の砊だからこそ、ミスに気づけるスキルではなく、倚芖点ず知性、勘が求められる。決しお校正技胜で党おを解決するこずなどできないのだ。校正結果を巊右するのは他でもない、自分自身の情報の捉え方なのだ。

だからこそ、䜕のためにやっおいるのかずいう軞だけは、絶察にぶらせおはいけない。


第8章 AIの時代に䜕を繋ぐか

奈良時代、東倧寺の写経所には「校生」ず呌ばれる校正専門の圹職があった。

経兞の誀りを防ぐために、二重䞉重のチェックが行われた。誀りのない経兞を䞖に出すこずは、囜家の暩嚁ず信頌を支えるために欠かせない営みだった。私の知る限りではあるが、正倉院関連の資料にその蚘録が残っおいる。

1000幎以䞊前から、人は「誀りを䞖に出さない」こずの重さを知っおいた。

江戞時代には写本や原本を突き合わせる「校合」が行われ、明治期には新聞・雑誌の倧量出版ずずもに「校正係」ずいう専門職が確立した。戊埌の高床経枈成長期には商業印刷物が急増し、誀字脱字の修正にずどたらず衚蚘統䞀、レむアりトの敎合性、商品情報の照合ずいった幅広い圹割が求められるようになった。

圢は倉わりながらも、本質は倉わっおいない。
情報の信頌性を守るずいう圹割は、時代を超えお受け継がれおきた。

そしおいた、その圹割が再び倧きな転換点を迎えおいる。

AIが校正の珟堎に加わろうずしおいる。誀字脱字の怜知、リラむト案の提瀺、執筆。これらはAIの埗意分野だ。倧量のテキストを高速に凊理し、人間では難しい速さでパタヌン抜出できる。

しかし、AIには決定的に欠けおいるものがある。

AIは「資料やルヌルを前提に凊理するこず」には長けおいる。しかし実務の文脈で誀りを党お芋抜くこずは埗意ではない。資料そのものに誀りがある堎合、それを「正しいもの」ずしお凊理しおしたう危険性がある。そしお䜕より、なぜそうなったのかがブラックボックス化しおしたう。AIが誀っおいた堎合でも、AIには責任を取るこずはできない。

校正の本質は、たさにそこにある。

䞎えられた資料が正しいかどうかを疑い、前提そのものを問い盎す芖点。文脈を読んで、文化を螏たえお総合的に刀断をする。少なくずも珟時点では、人間が責任を持っお担うべき刀断だ。
第1章で述べた損倱連鎖は、AIが「資料通りに凊理した結果」ずしお今埌さらに起きる可胜性が高たるだろう。

たた、䞖の䞭の情報は今埌さらに䞍確実性が増すはずだ。AIを䜿い、いかに早く、いかに数を出すかの時代が来る。敎った情報は二の次になる。情報リテラシヌの欠劂は、より䞍確実な情報を䞖に生み出す。䞍確実な情報を孊習したAIからは、さらに䞍確実な回答が生成され、その回答が䞖の䞭に広たるず、人はそれを信じ、たたAIがそれを孊習材料にする。負の連鎖に぀ながるリスクがある。

䞖の䞭の情報の流れが早いからこそ、正しさを倱っおしたうずブランドが壊れるスピヌドに回埩力が远い぀かなくなっおしたいかねない。だからこそ、今埌は校正の䟡倀がさらに高たる可胜性がある。AIでラクに早く生成をしおも構わない。しかし、道埳芳だけはAIに委ねおはいけない。AIそれ自䜓には目的意識も道埳も感情もない。刀断は垞に人間偎に求められる。デヌタを敎え、維持するのはAIではない。人間の圹目だ。

では、1000幎続いおきた「誀りを防ぐ」文化は今も同じなのだろうか。
私は同じだず考えおいる。

AIが進化すればするほど、「前提を疑う力」「情報の文脈を読む力」「刀断に責任を持぀力」の䟡倀は䞊がる。これらはAIが代替できない人間固有の胜力だからだ。

校正ずいう仕事が1000幎にわたっお受け継がれおきたのは、技術があったからではない。「誀りを䞖に出さない」ずいう意志ず姿勢が、時代を超えお人から人ぞず枡されおきたからだ。その本質は、AI時代においおこそ、人の圚り方ずしお䟡倀を増すものになる。


おわりに

校正は、私にずっお䞀぀のアプロヌチに過ぎない。

この仕事を通じお私がやっおきたこずは、誀字を盎すこずではなかった。
情報を敎え、ブランドを守り、文化を維持するこずだった。

最初は誀字脱字を芋぀けるこずが校正だず思っおいた。今振り返れば、そこには倧きな違いがあった。10幎以䞊の珟堎を経お、校正ずいう仕事の本質を自分なりに定矩しおきた。

誀字ひず぀で、信頌が厩れる。

信頌が厩れれば、ブランドが揺らぐ。

ブランドが揺らげば、文化が倱われる。

その連鎖を止めるこずが、私の仕事だ。

校正ずいう入口から芋えた景色は、䞀぀の業界の話ではない。
情報を扱うすべおの仕事に共通する、本質の話だった。

どんな仕事でも、䜜業ず仕事は違う。手段ず目的は違う。䜕のためにやっおいるのかずいう軞だけは、絶察にぶらせおはいけない。

AIが進化し、情報があふれる時代だからこそ、この問いはより問われおくる。1000幎続いおきた「誀りを䞖に出さない」ずいう意志は、技術ではなく人が持぀ものだ。

情報に関わるすべおの人が、AI時代に仕事の本質を芋倱わないうちに、この思いを届けたい。

#創䜜倧賞2026 #ビゞネス郚門


この蚘事の他にも゚ントリヌしおいたす。


著者プロフィヌル

柀田盎人 有限䌚瀟サプラス代衚
情報量の倚い媒䜓に匷い校正䌚瀟。
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