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昼休みに、同僚のストレスの話を聞きながら思い出したこと

先日の昼休み、
同僚とお昼を食べていたら、
少し重い話になりました。

「休みの日も、何をしていても頭の中から仕事が離れない」

体は職場を出ているのに、心はずっと仕事を続けている。
だから、遊びに行っても、運動をしても、発散にならない。
24時間、仕事に追われているような感覚が抜けない、というんです。

さらに、
転職を何度か繰り返してきているので、
できれば今の職場からは逃げたくない。

「このストレスを、どう乗り切ればいいですか?」

そう相談されました。


・・・正直に言うと、

今の私は、
タイムカードを切ったら仕事のことをほぼ忘れるタイプです。

帰り道で、意識は仕事から離れています。
夕食は夕食の時間で、
風呂は風呂の時間で、
寝る前は寝る前の時間になっている。
翌朝、出社したときに、また仕事のスイッチが入る。

そう思ったのですが、いや、待てよと。。。


振り返ると、
20代の頃は、全く違いました。

その頃、案件は同時にいくつも動いていて、
急な仕様変更、サプライヤーからの遅延連絡、
社内からの追加依頼が、
一つ片づけたと思った瞬間に次の一つが乗ってくる。

朝、出社してメールを開く前から、胃のあたりが重い。
会議のあいだも、頭の半分では別の案件を回している。
夕方、帰り道で、明日やることが順番に浮かんでくる。

家に帰って夕食をとっても、
風呂に入っても、頭の中では仕事が動き続けています。

体は職場を離れているのに、心はずっと職場に残ったまま。

不思議なことに、
その頃の私は、休みの日ほど疲れていました。

土曜日に出かけても、日曜日に走っても、
気分は晴れない。
イオンに行っていても、
月曜日にかける電話のことを考えている。
ビールを飲んでいる時間に、
まだ返信していないメールのことを考えている。

体を動かしても、遊びに出ても、頭の中の仕事が減らない。

だから休んでも回復しないし、月曜日はさらに重くなる。
この循環に長く入っていました。

まさに、目の前の同僚が話しているのと同じ状態です。


「あ、そういえば、あれを実践したんだった」

思い出したのは、当時の職場の上司でした。

何が来ても淡々と手を動かすタイプの方で、
私が「またこれですか」みたいな顔をしていたんでしょうね。
ある日、はっきり言われました。

「どうせやる仕事なんだから、考え方を変えろ」

正直、その場では反発する気持ちの方が強かったです。
心の在り方の問題にされるのは、
しんどい状況にいるほど受け入れにくい。

けれど、その一言は頭の隅に残り続けました。

しばらくして、
私は自分の口ぐせを一つだけ変えることにしたんです。

新しい案件が振られたときに、
心の中で「さて、来てしまった」と言っていたのを、
さて、整理しよう」に置き換える。

たったそれだけです。

喜ぶわけでもなく、無理に明るくなるわけでもない。
ただ、次の一言を差し替えただけ。


さて、今ならわかります。

私が抱えていた負荷は、一つではなかったんです。

大きく分けると、二つありました。

一つは、実際の仕事量や労働時間による負荷。
もう一つは、その仕事に対する自分の反応によって生まれる負荷。

「また増えた」「なぜ自分ばかりなのか」「こんなの無理だ」「早く逃げたい」と思い続けながら仕事をしていたときの私は、実際の作業に加えて、仕事を拒むためのエネルギーまで使っていました。

処理する力と、拒む力を、同時に発動している状態です。

同じ量の仕事でも、これでは二倍、三倍に重く感じるはずです。

「さて、整理しよう」への置き換えは、
この二つ目の負荷を少しずつ削っていく作業だったんだって、
あとから振り返って分かりました。


もう一つ、変わったのが、仕事から離れる時間の質でした。

「明日はあれをやらなければ」
「まだ残っている」
「また何か言われるかもしれない」

この抵抗感は、退社したあとも消えません。
休みの時間にまで侵入してくる。

だから、体は休んでいても、心はずっと働いている。
翌日の仕事がさらに苦しくなる。

仕事の時間に正面から向き合えるようになると、
退社したあとの頭も静かになる。
持ち帰るものが減るんです。

仕事に正面を向ける時間が増えたら、
仕事から離れる時間も持てるようになった。
順序としては、この向きが正しかった。

もう一つ、切り替えの中で自分の中に線を引いたのが、

受け入れることと、我慢することは違う

ということでした。

受け入れるとは、
今、この仕事が自分の前にあるという事実を認めることです。

一方で、我慢とは
本当は処理できない状態なのに、何も言わずに抱え続けること」です。

受け入れたうえで、
優先順位を整理する。
納期を交渉する。
一部を人に渡す。
不要になっていた業務を止める。
上司に仕事量を伝える。
断るべきものを断る。

こういう判断は、
受け入れたからこそできる判断です。

正面から仕事を受け止めることと、
際限なく仕事を引き受けることは、別のことです。

このようなことを実践しているうちに、

30代の頃から、
タイムカードを切ったら仕事のことを忘れる、
というすべを、私は身に着けていたように思います。

「この日から変わった」とはっきり言える境目は、思い出せません。
口ぐせを差し替える練習を続けた先に、
今の状態がある、ということなんだろうと思います。

案件の総量は、担当者ではなくなったため、減りましたが、
むしろ、部下を持つようになった分、責任の範囲は広がっています。

それでも、
新しい案件が振られた瞬間の「また増えた」は、まだ出てきます。
ゼロにはなりません。

ただ、
そのあとに続く「さて、整理しよう」に、
以前より早くたどり着けるようになっていた。

タイムカードを切ったら忘れられるようになっていたのは、
この繰り返しの結果だったかもしれないと、今こうして振り返って初めて分かります。

同僚には、この流れをそのまま話しました。

「私も20代の頃は同じだった。休みの日も頭の中から仕事が離れなかった」

「変わったのは、抵抗する時間を減らして、処理に向ける時間を増やしたことだった」

ただし、仕事量そのものが適正な範囲にあることが前提だからね」

最後の一言は、意識して付け加えました。

明らかに多すぎる仕事、
長すぎる労働時間、
人員不足、裁量のなさは、
本人の心構えだけで解決させてはいけないもの。

ここは切り分けが必要です。

同僚がこの話をどう扱うかは、同僚が決めることです。

20代の私は、片手で仕事を受け取りながら、もう片方の手で押し返していました。

その結果、仕事にも遊びにも正面を向けられずにいた。

今は、両手で受け取って、
両手で置ける、という感覚に少し近づいてきました。

「さて、来てしまった」ではなく、「さて、整理しよう」。

この一言に、
私自身の切り替えのすべてが入っていると思います。

昼休みの短い会話でしたが、
同僚の相談を通して、
自分の来た道を静かに確認できた気がしています。


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