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【体験談 8】駅前ホテル

 23年前の出来事になります。私は当時、理容師か
ら営業職へ転職をし、何とかやっていこうと藻掻い
ておりました。先輩についてお得意先や顧客の新規
開拓に至るまでのノウハウを学び、ひとり立ちして
まもない頃だったと思います。

 仕事先でトラブルに見舞われ、翌日に再度お得意
様のもとへ向かわなければならない事態になり、宿
泊せざるを得なくなりました。夕飯を済ませ、何件
かビジネスホテルをあたってみたのですが、あいに
く満室と断られてしまい、カプセルホテルに泊まる
ことにしました。駅が近く、明日朝に訪問するには
最適でしたのでさっそく受付へ向かいました。
 色の白い痩せた男性が立っており、宿泊者名簿を
差し出されました。名前を書き終わったとたん「あ、
もう結構です」と手で記入してる最中に止められた
のです。そして、宿泊代金のおつりと名前だけ書い
た領収書を渡されました。その男性を見たのはそれ
きりだったと思います。貴重品を1階にあったロッ
カーへ収納し、部屋は5階でしたので移動しました。
エレベーターを降りるまで、不思議なことに誰とも
すれ違うことはありませんでした。途中、窓が空い
ていたので外を覗いてみますと、空き地が見えまし
た。そこに、木製の電信柱が設置されており、電信
柱を支えるための黄色い支線ガードがぽつんとライ
トに照らされていたのです。

こんな感じのものです。


 懐かしい風景だな。子供の頃、友達とよく遊んだ
だるまさんが転んだや缶蹴りなどの記憶がよみがえ
りましたが、同時に違和感を覚えました。こんなと
ころに時代おくれみたいな空き地があるの? 視線
を遠くに向けると駅前であるにも拘らず、ビル群が
見当たりません。靄がかかっていた影響もあったの
かもしれませんが、昼間歩いていた街並みとは明ら
かに違う、何より街全体が仄暗かったのです。生ぬ
るい夜風が頬を舐めるように通り過ぎていきました。
その間も誰とも会いませんでした。奇妙ではありま
したが、仕事のことを考え早めに寝てしまいました。

 翌朝、カプセルホテルを出ると青空がひろがって
おり、ビルが立ち並ぶ駅前の風景の中にいました。
当時は、仕事のトラブルを解決することで頭がいっ
ぱいだったため、不思議な出来事として処理したの
だと思いますが、今になって思い返してみますと、
もしかしたらあの時あの場所(関東地方に存在する
カプセルホテル)で、私はパラレルワールドへ、ほ
んの少し足を踏み入れてしまったのでしょうか。あ
るいは、単なる夢をみたに過ぎなかったのかは、答
えの出ないままです。





 お読みくださいまして、ありがとうございました。
今回はちょっと、これまで書いてきた体験談より小
ぶりなエピソードかなと思いますが、ご了承いただ
けますと幸いです。


#眠れない夜に

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