異常な私立中の試験とそれに適応しようとする異常な塾

この塾も問題だけど、記事の一部に目が止まった。公立小学校の授業だけでは私立中の受験に対応できない?私なんかは、そんな私立中学校潰れてしまえばいいとさえ思ってしまう。そんな試験出すから不幸な親子を生み出す。ろくでもない。指導力ないからそんな選抜するんやろ。

「中学受験「1月平日午前から開講の新講座」中止へ…進学塾「ena」 SNSで「明らかに行き過ぎ」批判集まる」(弁護士ドットコムニュース)
#Yahooニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/1f7d7ee6d919acdf4d3c79e1cf33ac7d1437450c?source=sns&dv=sp&mid=other&date=20251218&ctg=dom&bt=tw_up

公立小学校で学ぶ学力では受からない私立中の試験なんて、あらかじめ優秀な学生に絞り込もうとしてるだけのこと。そりゃ優秀な学生だけに絞り込んだら、指導力なくても子どもは学力ついたかのように見せかけられるだろう。指導力のなさをヘンテコリンな試験でごまかそうとしてる中学校に思える。

優秀な学生だけを選抜する試験の設計が上手いだけの可能性がある。そんな私立中に行く価値があるとは思えない。そんな私立中に狂奔し、親子を急き立てる塾もおかしい。互いに共謀してたくさんの親子をおかしくしているだけのように思う。異常。

本当に指導力のある私立中なら、公立小学校で普通に学んでも合格する試験とし、自校でしっかり指導して子どもたちを送り出せばよい。それをしないで、公立小では学べないような試験を出す時点で、もうその私立中は指導力がないことを自ら示しているようなもの。ろくでもないように思う。

神奈川県で子どもたちを指導している人から聞いた話。素直だし、何時間も机に向かうこともできるけど、驚くほど理解力がないのだそう。教えるとマジメに取り組むけど、それを理解する土台がない。そういう子がウジャウジャ。以前なら考えられないほどの学力のなさ。その友人の分析では「遊んでない」。

幼い頃から座学を強いられ、もはやそれが日常のその子らは、机に何時間も向かうことは平気なのだけど、学校で習う内容を受けとめるべき「体験」が決定的に欠落しているという。友人は「遊んでいたら当たり前に身につく体験が全然ないから、学んだことが受けとめられない」という。

昔、早期教育で文字を教える実験を行った研究がある。2歳とかで五十音を書いたカードの字を読んでみせることができたけど、「い」がイチゴの「い」であること、「と」がトマトの「と」であることが理解できず、かえってこの子どもたちは、後に文字の習得に遅れが出たという。

体験は、お勉強の内容の基礎となるもの。山でいうと裾野。体験なしにお勉強は身につかない。そして体験のほとんどは「遊び」から得る。
ベクトルは、トンカチでクギを打つ遊びをしていたら体験として学べる。トンカチの描く弧の接線が、クギと平行になり、かつクギの頭を叩いたときにクギは刺さる。

ボール遊びでもベクトルや接線が関わる。腕が描く弧の接線がキャッチャーミットに向かっていれば、ボールはそちらに向かって進む。だけど重力があるからボールは沈んでいく。だから「放物線」を計算に入れてボールを投げる必要がある。こうした体験をたくさん積むと、お勉強が「あ、あれね」となる。

遊びのなかでたくさん蓄積した体験が、お勉強をすることで「整理・統合」され、知識となる。お勉強とは、いわば菓子箱。体験がお菓子。菓子箱のおかげでお菓子は整然と並ぶけど、お菓子のない菓子箱に意味はない。

しかし、中学受験に血眼になっている親御さんはそんなこともわからず、幼い頃から机に向かわせ、遊びを断ち、座学をさせてしまう。遊びをしてないから、体験がない。体験がないから、学びが全く身につかない。素通りしてしまう。友人は「もっと遊ばせろ!」と言っている。

友人の勤める塾には、その子らは高学年になってから転がり込んで来たという。その前に通っていた塾は、なぜこの子らに「もっと遊ばせたほうがよい」というアドバイスを親にしなかったのか?単に親を焦らせ、高額な講習で金を絞り上げ、結果が出そうにないから放り出しただけなのでは?

関東の私立中の受験熱は、田舎に住んでる私から見れば異常。この上なく異常。公立小学校で素直に学んだ子が合格できない試験を出す私立中も異常なら、それに適応しろと親を焦らせる塾も異常、彼らの戦略にまんまとハマり、子どもを遊びから隔離する親も異常。でも特に罪の重いのは。

変な試験を出す私立中と、それを目指せと子どもたちを急き立てる塾。なぜなら、多くの子どもたちを指導してきて、自分たちのしていることの意味に気づかないはずはないから。気づかないなら指導者失格。多くの親子を不幸に貶める指導者が指導者であってたまるものか。

冒頭の記事の塾は、そうした異常に異常適応した塾と言える。日本の子どもたちをダメにする元凶の一つと言えるのではないか、と私には思える。もうええ加減にせえよ、と、私なんかはため息が出る。

これをきっかけに、異常に異常を重ねた関東の私立中受験の世界が変わればよいが、と思う。子どもの成長をゆがめる方向に関東の子どもたちは追いやられているように思う。関東の教育界、猛省願いたい。

いいなと思ったら応援しよう!