「新規就農と農協」考

現場をよく知っている方から聞いた話だけれど、新規就農者は「有機」で「アンチ農協」の人ばかりなのだという。今の人は環境意識が高いから、化学農薬を使わない有機農業に挑戦したいのだろう。なのに農協はすぐに「有機農業なんてうまくいくはずがない、無理をせず農薬を使う慣行農法にしろ」と勧めるから、毛嫌いするのだろう。

新規就農者が化学農薬を嫌うのは、わからないでもない。私は農業研究者で、栽培試験をする際は化学農薬も使うし、トマトとかを試食する際、農薬をまいたものであっても気にせず食べている。化学農薬を危険だと考えたことは、私はない。ただ。

自分の家の庭に除草剤をまくことはためらってしまう。今の家に引っ越すとき、雑草が背丈まで伸びてどうしようもなかったので一度はまいたのだけれど、その後は草刈り機でどうにかやっている。仕事では化学薬品も扱うし、化学農薬もまくけれど、自分の日常生活の中で薬品をまくという経験がほぼないに等しいと、化学農薬を散布するという行為にためらいを覚えるのは、なんかわかる気がする。今の都会育ちの人なら、化学薬品を生活圏にまく経験はほぼゼロだろう。そう考えると、化学農薬に警戒心を持ってしまうのもわかる。他方。

農協が化学農薬を勧めるのもわかる。ほんと、病害虫の脅威って恐ろしい。私は農業研究者として新人だった時、化学農薬をまかないキャベツの苗を数日間アスファルトの上に放置していたのだけれど、見事にコナガに食われた。葉脈と薄皮一枚を残して。あまりにきれいだから「本のしおりにしたら売れるんじゃないか」と思うくらいだった。わずか数株のキャベツ苗、周囲はアスファルトしかないのに、コナガは敏感にそれを探り当て、卵を産んだというその恐るべき執念を知って、「農薬なしに無事に野菜を育てるって、難しいんだなあ」と思った。

また、ナスやトマト、キュウリなんかは比較的農薬を使わなくても育てられる。しかしアブラナ科野菜は、化学農薬を使わずに無事に育てることは難しい。私は庭で成功したためしがない。コナガか青虫に全部食べられてしまう。化学農薬に頼らずに無事に野菜を育てることは、非常に難しい、という現実がある。

それに、虫食いの野菜は本当に売れない。私たちはスーパーで、虫食いの野菜を見ないで済む生活をもう50年くらい続けている。もし青虫の一匹でもくっついていたらスーパーにクレーム入れるのではないだろうか。虫食いの野菜なんて見たことないから、虫食いがあったらまず現代人は食べない。

付け加えると、虫食いのひどい野菜はまずい。虫に食われると、野菜は自分の身を守ろうと虫の嫌いな成分を作るようになる。それは人間も嫌い。味で言えば苦くてまずくなる。それもあって、虫食いの野菜はまず売れない。

既存の農家の方は、そうした「現実」をよくご存じだから、新規就農者にも「悪いことを言わないから、農薬を使ったほうがいいよ」とアドバイスしたくなるのだろう。また、農協も、有機農業を目指した新規就農者が、虫食いだらけの野菜しか作れず、虫食い野菜は売れず、農業を断念せざるを得なくなった事例を数多く見ているので、「悪いことは言わない、農薬を使ったほうがいい」といいたくなるのも、無理はない。

農家出身の方は、病害虫や雑草との戦いを祖父母たちの代からずっとやっているのを知っている。なんなら、化学農薬がない時代はイナゴやウンカの大群がやってきて農作物をぜんぶやられたという体験談を聞かされて育つ。だから、化学農薬を使わずに作物を育てるなんていう「無謀」なことは考えない。ところが都会民は。

数が少ないとはいえ、有機農業を実践している農家がいることを知っている。日本では1%にも満たない存在だけれど、欧米では有機農業はもっと存在感があり、しかも増え続けていることを知っている。だから、日本でもできなくはないはずだ、と思うのも無理はない。ただ。

欧米と日本では一つ、大きな違いがある。ヨーロッパもアメリカも、多くの地域が乾燥しているか涼しい場所。こういう場所だと、病害虫は発生しにくい。そもそも、雑草もなかなか生えることができなかったりする。これに対し日本は、高温多湿。雑草生えまくり。そこを根城にして、病害虫発生しまくり。病害虫の発生のしやすさが、欧米とは比べ物にならなかったりする。

欧米では病害虫も雑草もあまり苦労なく防除できるし、防除後に再発生する力も弱いけれど、日本は雨が多く、ひと雨降ったらすべてがリセット。雑草も病害虫も勢いを盛り返す。日本で有機農業を行うのは、なかなか至難の業。

ということを、農協にいる人、現地の農家の人は良く知っている。だから無理せず、化学農薬を使え、と勧める。でも、病害虫の恐ろしさを知らない都会育ちの新規就農者には、病害虫のしぶとさと恐ろしさがわからない。このギャップが、新規就農者の「農協嫌い」を育んでしまう原因なのだろう。

私はいっそ、農協は「有機農業推進講座」と銘打って、新規就農を希望する農家を募集し、支援する事業をやってみたらいいと思う。そしてその講座では、春先にキャベツなどアブラナ科野菜の苗を渡し、「化学農薬を使わずに栽培してみてください」と伝えて、化学農薬を使わなければ何が起きるのか、経験してもらうようにしたらよいと思う。

農協も古くからの農家の方も、親切心から「農薬を使わずに育てるのなんて無理だよ」と教えるのだろうけれど、先回りして教えると反発したくなるのが、アマノジャクな人間の性。いえば言うほど「そうじゃないかも」と考えたくなる。だから、ここはわざと失敗体験を積んでもらうとよいと思う。

わずか数株のキャベツの苗が、化学農薬なしに育てようとするとあっというまに卵を産み付けられ、コナガや青虫に食いつくされてしまうことを経験すれば、病害虫の脅威というのが実感できるだろう。経験する前に実感しろって無理な話だから、まずは小さく失敗体験を積んでもらったほうが良いと思う。

病害虫の脅威を痛感してもらったうえで、どうするか、本人に考えてもらう。有機農業で好んで使われている防除法があるけれど、それを試してみてもなかなか抑えられないことも体験してもらうとよいだろう。「失敗」が非常に大切。

私は庭でよく「実験」をしている。一度、トウモロコシを無肥料で育てたらどうなるのだろう?と思って、育ててみたら、一応育ったのだけれど、肥料が足りなくて葉の色が白っぽかった。トウモロコシの実はいちおうなったけれど、シワシワでしかも小さくて食べられるようなものではなかった。今のトウモロコシは、大量の肥料を与えないと育たない品種になっていることがよく分かった。こうした「失敗」を重ねると、逆説的だけれどその作物の特徴というのがよくわかる。

都会育ちの新規就農者は、農家出身者とは違って「失敗」の体験が乏しい。だから農協や古くからの農家は、失敗したらかわいそうだと教えようとするのだろうけれど、教えたりアドバイスしたりするのは逆効果だから、いっそ「失敗促進講座」をしたほうが良いように思う。「有機農業推進講座」は、有機農業を実践しようとするとどれだけの困難をクリアしなければならないのか、その失敗を体験してもらうための講座として実施すればよいと思う。

私は、コナガにキャベツ苗を食べられた経験から、化学農薬の優秀さと威力を知った。また、病害虫がどれほどの脅威かも思い知った。新規就農者の方には、病害虫がどれほどの力を備えているのか、ぜひ一度体験してもらったほうが良いと思う。農家出身者だとそれはよく知られていることだけれど、都会育ちだと知りようがないのだから。まずは、病害虫の力を知ること。それを農協が率先して伝える講座を始めてはどうだろう、というのが、現時点で思いついたこと。

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