見出し画像

【神回】借金650万円、適応障害、セックス依存症――更生施設10か月を経て、たどりついた「貯金100万円」

あなたの失敗談、買取ります

※最初にお伝えさせてください


今回の失敗談、かなり神回です。(1万文字越え)
控えめに言って借金に悩むすべての人類に読んでいただきたい内容となっております。ぜひコメントなどで感想いただけますと幸いです


今回、買取りをさせていただいたのは『七海』さん
【Xアカウント】

【Note】

借金返済までの道のりや、実際に実践した節約法などについて発信されています。ぜひフォローお願いします。

※記事の最後に七海さんから、現在借金でお悩みの方に向けたお知らせがございます。ぜひ最後までご覧ください


七海さんは学生時代の夜遊びとギャンブルで借金350万円を抱え、社会人になってからはクレカの現金化などで借金が650万円まで膨れ上がりました。

また、精神状態も悪化し適応障害とセックス依存症を抱え、依存症更生施設に入所した経歴を持つ30代女性です。

しかし、現在は任意整理と4年間の地道な返済で借金をゼロにし、今では毎月10万円以上の貯金で、貯蓄額も100万円を超えるまでに回復し、まさにリアルな「どん底からの生還記」を体現されている方です。

そんな七海さんがなぜ。借金を抱えてしまったのか
なぜ、大手企業への就職でも生活は立て直せなかったのか。
そして、人に弱さを見せられなかった彼女は、どうやって返済を続ける生活へ踏み出したのか。

これは、一発逆転で人生を変えた話ではありません。

給料日を待ちわびず、休みの日に心から休める。その当たり前な日常を、取り戻すまでの話です。


自己紹介

【名前】七海さん
【年齢】30歳(取材時)
【職業】広告代理店の人事・労務管理
【現在の状況】借金を完済し、貯蓄は約100万円
【今回の失敗談】学生時代の浪費から多重債務へ。適応障害、セックス依存症後、更生施設への入所から生活と返済を立て直した経験

※本記事は、ご本人の取材回答をもとに、質問・回答の順番や表現を読みやすく編集しています。


対談

夜職・浪費・ギャンブルにあけくれた学生時代


――まず、今の生活について教えてください。

30歳、都内の1Kに住んでいて家賃は9万円くらいです。
仕事は広告代理店のベンチャーで人事・労務をしていて、基本リモートです。月〜金は8時半から19時頃まで働いて、就業後はXの更新やnoteの執筆、資格の勉強、Netflixを見たりして過ごしています。
土日祝は休みですが、やってることは平日とほぼ変わらないですね。本当に質素に暮らしています。笑

――今は借金を完済されているそうですが、最大でいくらまで膨らんで、いつ完済したんですか。

最大で約650万円まで増えました。完済したのは2026年4月10日、任意整理の支払いをもってです。

「任意整理」
裁判所を通さず、借入先と直接交渉して返済条件を組み直す手続きのこと

――まずは、そもそもの始まりから聞かせてください。大学時代に夜職を始めた理由は何だったんでしょうか。

お金欲しさ、その1点だけです。ガールズバーで働いていたら「ラウンジの方が稼げるらしい」という話をする子がいて、ラウンジで働いていたら今度は「風俗の方が稼げるらしい」という話をする子がいる。常に悪い意味での「向上心」で、気づけば夜職にのめり込んでいきました。

――学生で月60万円ほど稼げるようになって、金銭感覚はどう変わりましたか。

高校時代は月6万円で飲食店のアルバイトをしていたので、それと比べると10倍稼げるようになったわけです。単純に「10倍使ってもいい」と思ってしまいました。大学2年の終わりから新宿で一人暮らしをしていたので、高校時代とは固定費も全然違うのに、です。毎月60万円は確かに口座に入っていましたが、次の給料日までには1円も残っていませんでした。

――具体的にはどんなことにお金を使っていたんですか。

主に飲食代、あとは美容代、洋服代、あとはギャンブルなどです。流行りに乗ってすすめられたものを全部買う、誘われたら遊ぶという感じで、自分の意思でお金を使うことはほぼなかったです。
だから実は何に使っていたか正確にはあまり覚えていないんです。お金を使う行為自体に快感を覚えていました。

――人に奢ったり、必要のないものを買ったりすることに楽しさを感じていたのはなぜだったと思いますか。

ノリ、の一言です。「それいらないでしょー!」「七海ちゃん面白い!」を待ってました。笑
「破天荒=面白い」という典型的なイタい大学生でしたね。あらゆることのセンスが低かったんだと思います。社会人になってから、お金を使わないで楽しむことにカッコよさや教養を感じるようになりました。同時に、過去の自分に対しては「思い出しても恥ずかしい」と感じています。

――ギャンブルもされていたとのことですが、きっかけは何だったんでしょうか。

当時交際していた相手の影響です。スタートはパチンコでしたが、単純に暇だったからですね。大学や仕事以外の時間はだいたい友達と会っていましたが、予定が入らなかった時はだいたいパチンコでした。特に大当たりとかはなかったですが、暇つぶしのためにかなりお金を使ったと思います。

――はまっていた時の心境は覚えていますか。

無心でした。楽しいとも思っていなかったですし、辞めたいとも思っていませんでした。とにかく時間が空いたら身体が勝手に向かっている感覚でした。

――ギャンブルは今は辞められましたか。

もう5年くらいやっていないですね。社会人になったのと同時に忙しさでだんだん行かなくなったんですが、たまに無性に行きたくなって、休日に丸一日パチンコに行ったりしていました。辞めたきっかけは、うつになって実家に帰って、車を手放して行動範囲が狭まったことです。あらゆる意欲が削がれていたのと、物理的に行きづらくなったことで、気づけば頻度は減っていました。

――学生時代に借金350万円ほど抱えていた当時、自分にどんな言葉を言い聞かせていたんですか。

大手企業への就職が内定していたので、十分に返せると思っていました。だから、むしろ「遊べるときに遊ばなきゃ!」という感覚で、危機感はそんなに覚えていなかったです。


大手広告代理店入社、そして借金650万円へ


――その大手広告代理店に就職した時、「これで人生は大丈夫」と思いましたか。

思っていました。当時の前職の平均年収は1000万円を超えていたので、当然新卒から800万円くらいもらえるものだと思っていたんです。夜職時代の年収は約700万円だったので、全然余裕だと思っていました。社会を舐めていて、無知でしたね。

――月60万円近く稼いでいた生活から、手取り21万円になって何が一番苦しかったですか。

借入の返済です。あっという間に、借金を借金で返す多重債務に陥りました。初めてのボーナスで2か月遅れのクレジットカードの支払いをしたのを今でも覚えています。同期たちが初ボーナスを何に使うか、貯金するかとか話している時に、自分は何をしているんだろうと情けなくなって、悲しかったです。

――毎月の返済額は当時どれくらいだったんですか。

ちゃんと計算はしていませんでしたが、約10万円程度だったと思います。

――返済中の当時の心境はどんな状態だったんでしょうか。

あらゆる買い物や食事会で会計額を計算していました。あとは常に支払いを滞納している状態なので、次の給料日はいつか、その給料をどの支払いに充てるか、稼いでも稼いでも返済のことを気にしていました。

――仕事上のミスや職場での人間関係には、どんな影響が出ましたか。

2年目の終わり頃、少しずつ責任ある仕事を一人で任されるようになってから、顕著にミスが増えました。だんだん上司から要注意人物扱いされることが増えて、個別のミーティングが組まれ、指導を受ける頻度が増えました。今振り返ったら適切な対応だったと思いますが、当時の私からしたら心理的負担でした。

――社会人になってから、借金は350万円から650万円まで、どうやって増えていったんでしょうか。

先ほどの、借金で借金を返す状態がエスカレートして、ついにはクレジットカード枠の現金化を利用するようになりました。そこから一気に増えました。

――650万円の主な内訳を、公開できる範囲で教えてください。

クレジットカードA社が130万円、月返済額13,000円。
クレジットカードB社が70万円、月返済額13,000円。
クレジットカードC社が40万円、月返済額11,000円。
クレジットカードD社が60万円、月返済額5,000円。
消費者金融A社が50万円、月返済額13,000円。
消費者金融B社が100万円、月返済額17,000円。
消費者金融C社が50万円、月返済額6,000円。
消費者金融D社が50万円、月返済額13,000円。
そして両親から約100万円借りていました。

――借金返済のために夜職へ戻った時は、どんな気持ちでしたか。

正直、支払いのために必死で、「必要だからやっている」と自分を正当化していました。主に長期休みや土日にガッツリシフトを入れていたので、必然的に友人や同期との誘いをすべて断ることになって、「何をやってるんだろう」と虚しくなっていきました。


適応障害、そしてセックス依存症


――適応障害と診断されたのはこの頃とお伺いしましたが、具体的にどんな変化が出ていましたか。

とにかく仕事上のミスが増える。寝れなくなる。座って仕事ができなくなる。スマホの画面を見続けられない。テレビも見れなくなる。かといって夜も眠れないので、枕元にスマホを置いてずっとラジオを聴いていました。ラジオの2時間番組を3つ聴き終えて、ついに朝になってそのまま出社することもありました。

――仕事へ行く朝は、どんな状態でしたか。

とにかく身体が重かったです。ギリギリまで職場に休む連絡をするか迷うレベルでした。電車に乗ると貧血のように目の前が暗くなって、立っていられなかったです。電車で座るためにだんだん出勤時間が前倒しになって、どんどん睡眠時間が削られる悪循環でした。

――借金・仕事・人間関係の中で、どれが一番自分を追い詰めていたと思いますか。

やはり借金ですね。借金によって家計が破綻して、仕事も人間関係も犠牲にして夜職をしていたので。借金をしていなかったら、夜職は確実にやらなかったです。

――適応障害と同じ頃、セックス依存症の傾向にも向き合うことになったと伺っています。ご自身で「これは依存の状態だ」と気づいたのは、いつ頃、どんなきっかけだったんでしょうか。

実際に医療機関を受診して正確な診断を受けたわけではないんですが、後々振り返るとそういう状態でした。
学生時代からまっすぐ一人暮らしの家に帰ることができなくなって、飲み会の流れでその場にいる人の家に泊まるか、誰かに連絡して夜中に押しかけていました。
はじめは女友達の家に泊めてもらっていたんですが、だんだん断られるようになって、次第に男性の家に行くようになりました。男性の場合は基本的に断られないので。笑
男性の家に泊まれば、その先に何があるかは分かっていました。

――その行動は、寂しさや不安、自己肯定感の低下と関係していたと思いますか。

関係していたというか、それが全てだと思います。それらを埋める術を自分の中に持っていなかったんです。

――逆に、その後にどんな苦しさが残りましたか。

特になんとも思っていなかったです。本気で自分は必要とされていると思っていました。後々振り返ると、単純に都合のいい女で間違いないんですが、その時に気づいていたら苦しいだけなので、気づいていなくてよかったです。笑

――「やめたいのに繰り返してしまう」と感じたことはありましたか。

上記の理由で、特にやめたいと思っていませんでした。


どん底――通勤電車で意識を失った日


――借金650万円、仕事、心身の状態が重なった中で、一番「もう無理だ」と感じたのはいつでしたか。

通勤電車に乗っている最中に意識が遠のいて、緊急搬送されました。頑張ることの限界を感じましたね。

――「このままでは人生が終わる」と感じた瞬間はありましたか。

休職が決まって、家に1人でいる時に、ついに借金額を整理して把握した時です。

――それでも自分だけで何とかしようとしていたのは、なぜだったと思いますか。

幼い頃から「失敗してはいけない」「弱音を吐いてはいけない」と思っていたことが理由です。


 両親への告白


――最終的に、ご両親にすべて話そうと思ったきっかけは何でしたか。

単純に、自分1人では無理でした。はじめは当面の生活費を少しだけ借りるくらいに考えていたんですが、「全部話しなさい」ということになって、結果的にすべてカミングアウトすることになりました。

――話す直前はどのくらい緊張していましたか。

カミングアウトする前にも3度ほど伝えるチャンスはあったんですが、言えない状態が続いていました。それくらい緊張感はあったと思います。

――ご両親の最初の反応は覚えていますか。

しばらく沈黙したあと、小声で「なるほど…」という感じだったと記憶しています。

――怒られると思っていましたか。

激怒されると思っていましたが、「やってしまったものはしょうがないから、これからどうするかを考えよう」とすぐに言われました。涙が出ましたね。

――実際に話した後、気持ちはどう変わりましたか。

本当に世界の景色が変わったというか、カミングアウトの前と後とでは別の人生といってもいいくらいの、人生の転換点になりました。

――なぜもっと早く相談できなかったんでしょうか。

親からしたら、やはり「真面目でいい子」という娘のイメージを壊したくなかった、というのがあると思います。


依存症更生施設での10か月

――更生施設への入所は、誰が提案したんでしょうか。

心療内科の先生ですね。かなり強くすすめられたので、何かノルマみたいなのがあるのかなとも思いましたが、結果的に入所して大正解でした。

――最初に「施設へ入る」と聞いた時、どう思いましたか。

もうなりふり構っていられない、という感覚でしたね。これで良くなるなら早く入りたいと。まな板の上の鯉みたいな感じでした。

――約10か月の施設生活はどんなものでしたか。

最初の2か月は完全入所で、9時から17時まで座学やカウンセリング、他の入所者と一緒に依存状況の共有などを行います。土日は基本自由でしたが、ずっと寝ていました。

――入所直後、一番苦しかったことは何でしたか。

休職中にもかかわらず、職場から繰り返し電話がかかってきたり、退職予定はいつだと決断を迫られたり、「来月復職するらしいぞ」と嘘の噂を流されたりと、いわゆるハラスメントみたいなことがずっと続いていました。

――逆に、「ここに来てよかった」と初めて思えたのはいつでしたか。

借金を完済した最近です。あらゆる過去が「必要なものだった」と思えるようになり、お金ではなく自分と向き合えるようになりました

――「お金ではなく、自分に向き合った」というのは、具体的にどういう意味でしょうか。

同じタイミングで任意整理もしたので、一旦督促が全てなくなったんです。毎日決まった時間に起きて、寝て、カウンセリングを受ける生活をしていたので、自分がこれまでいかにズレていたかを知ることができました。

――それまでの人生で持っていたプライドや価値観は、そこでどう変わりましたか。

弱さを人に見せられるようになりました。


退所後、返済に明け暮れた4年間


――施設を出た後、最初はどのような生活を始めましたか。

正確には「出た後」ではなくて、通所しながらテレフォンアポインターの仕事をパートで始めました。

――再就職はどのように進めたんですか。

当時25歳くらいで大手企業を退職していたので、面接ではかなりそのあたりを聞かれました。結婚する予定で会社を辞めて専業主婦になる予定だった、夫の転勤で都内に帰ってくるまでの繋ぎで仕事がしたい、などと今考えたら謎な嘘をつきながら、パートの面接や就活をがんばりました。当時の人事の方、ごめんなさい。笑

――副業でテレアポも始めたのは、やはり返済のためだったんですか。

それでしかないです。月の収支を計算したら、どうしても計算が合わない。私の職歴では返済をまかなえるような仕事がなかったので、はじめから副業前提で仕事を始めました。正確には、パートでテレアポを始めて、軌道に乗った後に正社員の今の会社に再就職という流れです。

――毎月約20万円の返済を続ける生活は、具体的にどれくらい厳しかったですか。

はじめは、この生活をずっと続けていくと考えた時に、かなり気が滅入りました。絶望感もありました。借金を返し終わる頃には婚期も逃して、自分の人生は終わりだな、って思っていました。返済そのものより、友人や元同期の人生と自分の人生を比べた時に、かなりキツさを感じました。

――何を削って、何を我慢したんですか。

我慢したら続かないので、我慢しないための仕組み作りをがんばりました。当時お笑いが大好きでよく見ていたんですが、かまいたちさんの座右の銘が「怠惰を求めて、勤勉に行き着く」だったんです。まさしく目指すべき方向性だな、と感じたのを覚えています。楽をするために、努力をする。という考え方は借金返済のためには必要でしたし、これからも大事にしたいと思っています。

――返済中に再び借金してしまったこともあるそうですが、その時は何があったんでしょうか。

数か月に1度、繰り上げ返済をしていたんですが、後先を考えずに返しすぎてしまって、友人の結婚式のご祝儀が包めずに両親から借りました。決して浪費とかではないです。笑

――4年間返済を続けられた一番大きな理由は何だったと思いますか。

しっかり借金に向き合ったこと。任意整理をしたこと。とにかく「継続するための工夫」をしたことです。多くの人に一発逆転はないので、とにかく淡々とやると決めました。


そして迎えた。完済の日


――「借金残高0円」を見た瞬間、最初に何を思いましたか。

正直、「心の動き」のようなものはあまりありませんでした。
借入が30万円を切りはじめてから、もう完全に「勝ち確」状態だったんです。ただ、0になったのと同時くらいに、このアカウントを立ち上げようという気持ちが湧いてきました。

――誰かに報告しましたか。

リアルでは特に報告はしていないです。
ただ、Xでの投稿は我慢できずしてしまいました。笑
やっぱりどこまでいっても「借金は恥ずかしい」という感覚は、完済したあとにも少しあります。

――嬉しいというより「安心を取り戻した」と感じたのは、なぜでしょうか。

やっとマイナスから0に戻れた状態にすぎないからだと思います。
大学時代の友人や前職の同期は、マイホームを購入したり、社会人経験を足掛かりに自分でビジネスを始めたりと、「何かを積み上げて」います。そこに対する焦りはやはりあります。
やっとスタートラインに立てたという感覚が強かったです。とはいえ、何かに怯えなくてよくなった、という安心感はありました。

――完済した日の夜はどんな気持ちで眠りましたか。

自然と仕事のことを考えていました。
今まで借金や支払いのことで、脳のリソースをだいぶ圧迫されていたんだと思います。それがなくなったので、仕事のことや友人との予定、行きたい店など、本当になんでもないことを考えながら寝たような記憶があります。


借金0円から、貯金100万円へ


――借金を完済してから、貯金を始めるまでに考え方は変わりましたか。

大きく変わりました。「絶対にもう借入はしない」と強く誓って過ごしています。

――現在、毎月どのくらい貯金していますか。

10万円から20万円です。返済や繰り上げ返済のために貯金していた額が、そのまま貯金に回っている感じです。

――今、お金を使う時に決めているルールはありますか。

固定費に徹底的にこだわっています。
買い物や旅行、食事などには比較的お金を使いますが、サブスクの契約などにはめちゃめちゃ悩みます。ピラティスジムに通うのをすすめられましたが、めちゃめちゃ迷って断念しました。

――ギャンブルやセックス依存の再発を防ぐために、現在も続けていることはありますか。

特に意識はしていませんが、「機会」を減らすことです。当時の友人とはほぼ縁が切れていますが、今でも彼女たちと会うと「そちら側」に引っ張られる可能性はあると思っています。

――昔の自分と今の自分で、一番変わった部分は何でしょうか。

時間の使い方です。一人で楽しむ時間が圧倒的に増えました。

――完済とほぼ同時にXでの発信を始められたそうですね。何かきっかけがあったんですか。

さっきも少し話しましたが、借入が30万円を切って「勝ち確」だと思えたあたりから、発信したいという気持ちがずっと湧いていて、0になったのとほぼ同時にアカウントを立ち上げました。

――発信を通じて、今後どうしていきたいという思いはありますか。

全うにお金を稼いで、全うに使いたいです。それと、これまでの経験や知識を多くの人に知ってもらいたい。あわよくば、この七海アカウントをもっと大きくして収益化して、多くの人に貢献しながら収入の柱にしたいですね。


過去の自分と、今苦しんでいる人へ


――借金650万円になる前に戻れるなら、どの時点で自分を止めたいですか。

はじめのクレジットカードのリボ払いをするところですね。
月々の支払いが数万円増えることは、想像以上につらいです。普通のアルバイトの収入では、あっという間に多重債務に陥ります。リボ払いは大借金の入り口だと思っています。

――当時の自分に一言だけ言えるとしたら、何と言いますか。

「ノリとか見栄とか、そういうのいらないよ」という言葉です。無理しないで仲良くできる友達をもっと増やそうよ、と伝えたいです。

――今、借金を隠しながら生活している人に伝えたいことはありますか。

隠すこと自体は別に悪いことだと思いません。ただ、本当にヤバい時にはSOSは必要だと思います。

――「相談したら怒られる」「恥ずかしい」と思っている人には何を伝えたいですか。

ただでさえ今の段階でまともな人間ではないんです。「これ以上失うものはない」というつもりで、一歩踏み出しましょう。

――ギャンブルやセックス依存症で苦しんでいる人に伝えたいことはありますか。

とにかく勇気を持って、原因を遠ざけてください。心身が元気な人は、朝から晩まで働けば自然と遠ざけられると思います。

――七海さんにとって、650万円の借金は人生の中でどんな経験になりましたか。

お金と自分に徹底的に向き合える経験になりました。
今後、大きいお金の失敗はしない自信がありますし、自分がどういうモチベーションで頑張れるか、どうなったらダメになるか、が30歳で理解できたことはいい財産だと思います。

――最後に、今まさに人生のどん底にいる人へ一言をお願いします。

人生に一発逆転はないと思います。けど、長期戦なら必ず勝てます。もしお役に立てるなら、私のアカウントを参考にしてみてください。

ー対談終了ー


この失敗談から得られた経験と教訓


リボ払いや「借金で借金を返す」自転車操業は、想像以上に早いスピードで多重債務へ転がり落ちる。「まだ大丈夫」と侮った最初の一歩が既に転落の一歩だった

・「失敗してはいけない」「弱音を吐いてはいけない」という思い込みが強い人ほど、限界まで一人で抱え込みやすい。倒れる前に周囲へ開示する勇気そのものが、回復の起点になる。

・依存症や適応障害からの回復は、更生施設や医療機関といった専門的な環境に身を置くことで改善することができる。多重債務者の時点で、まともな状態ではない。「なりふり構っていられない」と思えた瞬間が、助けを求めるタイミングだった。

・借金返済も貯金も、"我慢"ではなく"仕組み化"がものを言う。無理な我慢は続かないが、固定費の見直しなど仕組みで削れば継続することができる。


今回お話を伺った方のXアカウント・note

七海さんは、Xとnoteでもご自身の借金・依存症・人生の立て直しについて発信されています。よろしければこちらもご覧ください。

【Xアカウント】

【Note】

※Noteでは今後、借金完済までのロードマップを無料で公開予定とのこと

今まさにどん底人生の人も
這い上がろうともがいている人も
明日は我が身と不安な人も

自分の人生の失敗と向き合い、見つめ直すことで、再度自分の人生の舵を自分で取り、進み始めた七海さんを参考にしてみてください。


あなたの失敗談、買い取ります。

このメディアでは、成功した人だけではなく、

借金を抱えた人。
事業に失敗した人。
投資でお金を失った人。
詐欺に遭った人。
独立に失敗した人。
そして今もなお、人生を立て直している途中の人。

そんな方々のリアルな失敗談を募集しています。

成功の形は無数にあります。

でも、失敗の入り口は驚くほど似ています。

あなたが経験した失敗が、これから挑戦する誰かにとっての「転ばぬ先の杖」になるかもしれません。

あなたの失敗談、買い取ります。


買取りの詳細はこちらをご参照の上、DMもしくは公式LINEへご連絡お願いいたします。
質問フォームを送らせていただきます

公式LINEはこちら


Xアカウント


いいなと思ったら応援しよう!