短編小説282「秋雨到来」中編
雨はギリギリ濡れてしまう降り方である。仕方なくカッパを着るわけだが、私が使っている自転車のカゴに引っ掛けるタイプのカッパは、広範囲を覆うので濡れない代わりに、とにかくセッティングが面倒くさいのである。まず頭をフードに通し、首元をしっかりと締めてからボタンを3つほど留める。そして、その裾をマントのように自転車の上にかぶせて、前カゴの先の隙間に引っ掛け用のひもを通し、風でめくれないようにボタンを留める。この一連の作業を、出勤前の時間に外でやらなければならない。
この季節はまだ気温も湿度も高いから、カッパを着ると中に熱がこもってたまらない。どうせ濡れないように完全防備をしたのだから、いっそのこと、土砂降りになってほしいくらいだ。
心の中で「豪雨上等」、「準備万端」と息巻いてみても、空は相変わらず中途半端な雨を降らすだけで、数日前に降ったような豪雨は到底降りそうにない。 もともと寝起きはお世辞にもよくない方なのだが、このどっちつかずの秋雨へのいら立ちのおかげで、もうすっかり目が覚めてしまった。
そのせいか、気のせいかペダルを踏む足に無駄に力が入る。遅刻しそうだから急いでいるわけでもないし、そんな必要すらないのに。むしろ、雨で路面が滑りやすくなっているのだからスピードは出さない方がいいに決まっている。
そう頭では思いつつも、いら立ちのはけ口が今そこにはないのだ。本格的に降っていないので道路に水たまりすら出来ておらず、走る時に出る「シャー」という水しぶきの音すらない。
雨粒を眺めて物思いにふけるような風情ある雨音もなければ、景色が白むような激しい降り具合でもない。すべてにおいて情緒を感じさせない、ある意味珍しいほどの無味乾燥な雨だ。 そうこうするうちに、もう職場の近くに差し掛かっている。ふと周りをよく見れば、歩く人はある程度に傘をさしているが、自転車に乗る人は帽子をかぶるか、あるいは何も雨具を身につけずに走っている。
「自分だけ重装備」と気づき、今すぐ脱ぐにしても、職場の駐輪場はもう目と鼻の先である。 家を出てからここまでの自分の気持ちは、一体何だったのだろうか。何かと戦うような「葛藤」ではない。思い通りにならない「もどかしさ」でもない。誰かに対する怒りには程遠いし、世の中に対する憤りは明らかに違う。このなんとも言えないモヤモヤを、すべて雨のせいにするには、あまりにも要因として小さすぎる。
後編に続く。
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