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『悩みなんてなさそう』は、私への最高のほめ言葉。

たまに考える。
「幸せそうだね、悩みなんてなさそうでいいね」と言われるのと、
「幸薄そうだね、可哀想に」と言われるのは、一体どちらがいいのだろう。

私は、どちらも言われたことがある。
けれど体感としては、「幸せそう」「悩みなんてなさそう」と言われる方が、ずっと嬉しかった。

私の人生を何かに例えるなら、それは「腐る寸前の生菓子」だと思っている。
できれば桜餅がいい。見た目が可愛いから。

私の人生を、たとえ一瞬見ただけの人にでも、「いいね」「楽しそうだね」と言ってもらえると、嬉しくなってしまう。一生懸命に作った生菓子を、食べずに大切にとっておいたら「美味しそう」と褒めてもらえた。そんな時の喜びに似ている。

逆に、「幸せそうだね」「悩みなんてなさそうだね」という言葉を嫌う人は、きっとこう感じているのだと思う。
丹精込めて、工夫を凝らして作ったお菓子を、「簡単に作れそう」「誰にでもできそう」と言われたような、そんな悲しさだ。注ぎ込んだ情熱や真剣さを、まるで見てもらえてないような気持ち。

それは、やっぱり悲しいことだと思う。
だって、自分の人生を真剣に作っていない人なんて、この世に一人もいないはずだから。

「いいなー。人生交換してよ」と言われる時がある。
けれど私は、交換もプレゼントもできない。
誰かに、この「腐りかけの桜餅」を差し出すわけにはいかないから。

「悩みなんてなさそう」と私に言ってくる人は、今この瞬間に笑っているだけで、本当は私なら一日も耐えられないような地獄にいる可能性だってある。そう考えてしまう。

私に何かをしてあげられるわけではないけれど。
もし、私の「腐りかけの桜餅」をいいなと思ってくれるなら。
皮の下に隠れた事情なんて知らなくていいから、どうか遠慮なく、どんどん言ってほしいと思う。


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