少し恥ずかしい文章ほど、人の心に届く
こんにちは、末吉宏臣です。
noteを書いていて、「これは、ちょっと書きたくないな」と思うことがあります。
格好悪かった経験。
本当は誰にも知られたくない気持ち。
まだ、自分の中でも整理しきれていない本音。
書いている途中で手が止まり、「ここまで書かなくてもいいんじゃないか」と、消したくなることもあります。
でも不思議なことに、そういう文章ほど、誰かの心に深く届くことがあるのです。
誰にも否定されないように。
間違っていると思われないように。
できるだけ安全な言葉を選んで書く。
もちろん、それも悪いことではありません。
ただ、安全に整えすぎた文章は、きれいではあっても、その人の体温が感じられにくくなることがあります。
読者の心に残るのは、完璧な正論だけではありません。
「あのとき、本当は怖かった」
「うまくいっているように見せていたけれど、苦しかった」
「誰かに認めてもらいたくて、必死だった」
そんな、少し言いづらい言葉に触れたとき、「自分だけではなかったんだ」と救われる人がいるのです。
僕自身も、発信することへの怖さや、仕事がうまくいかなかった時期、お金の不安、自信を持てなかった過去について書いてきました。
このあたりの電子書籍シリーズは、40歳手前、2人の子どもがいるのに、ビジネスをがさっと手放して、アルバイト生活になった日々のことを書いています。
noteやフェイスブックにも、アルバイトしていますというのは、カッコ悪いとか恥ずかしいという気持ちはありました。
投稿する直前には、「こんなことを公にして大丈夫かな」と思ったことが、何度もあります。
でも、そういう文章に限って、
「今の自分に必要な言葉でした」
「同じことで悩んでいます」
というメッセージが届くのです。
人に届く文章とは、自分をむやみにさらけ出すことではありません。
無理に傷口を見せる必要もない。
ただ、きれいに見せるために隠していた気持ちを、ほんの少しだけ正直に書いてみる。
そのくらいでいいのだと思います。
投稿前に少しだけ恥ずかしい。
胸の奥が、少しだけざわつく。
その感覚は、あなたらしい言葉が表に出ようとしている合図かもしれません。
完璧に整った文章よりも、不器用でも本音のある一文を。
その一文を待っている人が、きっとどこかにいます。
末吉宏臣
追伸
「本音を書きたいけれど、どこまで書けばいいのかわからない」
「自分の経験を、読者に届く文章へ変えたい」
そんな方は、新刊の『言語化とnote発信の全技術』を読んでみてください。
今回の記事につながる内容として、
29項「カッコ悪い自分で共感を得る」
90項「有料noteの王道②:ここだけの話を本音で書く」
93項「Kindleの王道①:日々の記録を1冊にまとめよう」
などを収録しています。
本音や失敗談を、たださらけ出すのではなく、誰かの心に届く言葉や、長く残るコンテンツへ育てる方法を一冊にまとめました。
あなたが「書くのは少し恥ずかしい」と感じてきた経験も、誰かを救う文章になるかもしれません。
ぜひ、本書を片手に書いてみてください。
