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あとになって、言えなかったことを思い出す。


帰り道を歩く。


昼間より、
少しだけ涼しくなった
道を歩く。


頬を通る風に、
まだ夏の熱が残っている。


街灯が、
ひとつずつ灯っている。


前から、
自転車が来る。


チリン、


小さくベルが鳴る。


すれ違ったあと、
また静かになる。


遠くで、
犬の鳴き声がした。


さっきまで、
誰かと話していた。


別れるときは、

「じゃあ、また」

と笑った。


いつもと、
何も変わらない。

角を曲がる。

コンビニの明かりが、
道の端を白く照らしている。


冷房の室外機から、
低い音が聞こえる。


その白い光を
横目に見ながら、


ふと、
さっきの会話を思い出した。


本当は、

あのとき、
一言だけ言いたかった。


「それ、少し嫌だった」

とか。

「今日は、ちょっと疲れてる」

とか。

「本当は、寂しかった」

とか。


でも、

言わなかった。


いや。

言えなかった。


その場では、
笑っていた。


相手も、
笑っていた。


だから、
そのまま終わった。



風が吹く。

Tシャツの袖が、

肌に触れては離れる。


後ろから車が来て、
静かに追い越していく。


テールランプが、
角の向こうへ消えていく。


歩きながら、

もう一度、
さっきの場面を思い出す。


「あのとき、言えばよかった」

と思う。


もっとちゃんと話せばよかった。

あのとき、
我慢しなければよかった。


そんなことを、
考えてしまう。



信号が赤になる。

立ち止まる。

車のライトが、
目の前を流れていく。


赤い光。

白い光。

また赤い光。


その光を見ながら、
ふと思う。


嫌だったことは、
ちゃんと覚えている。


でも、

それ以上に
残っているものがあった。


言えなかったこと。

本当は、
どうしてほしかったのか。

本当は、
どう感じていたのか。


それを、

あのときは
言葉にできなかった。

相手を傷つけたくなかった。

空気を壊したくなかった。


自分でも、

何が嫌なのか
わからなかった。


言葉にするには、

まだ少し、
早かったのかもしれない。


信号が青になる。

また歩き出す。

家の近くまで来る。


植え込みから、
虫の声が聞こえる。


昼間は気づかなかった
小さな音。


夜になると、

こういう音まで
聞こえてくる。


今日の会話も、
同じだったのかもしれない。


その場では

聞こえなかった気持ちが、

静かになった帰り道で、

やっと聞こえてきた。


玄関が見えてくる。


鍵を取り出す。

金属が、
小さく鳴る。

ドアを開ける。


外の音が、
少し遠くなる。

靴を脱ぐ。

今日という一日も、
もうすぐ終わる。


あとになって、

言えなかったことを
思い出す夜がある。


そんな夜は、

「あのとき、
ちゃんと言えばよかった」

と、

過去の自分を
やり直そうとしなくてもいい。


あのときの自分には、

言えない理由が
あったのかもしれない。


だから、

「ちゃんと言えばよかった」

ではなく、

「言えなくても、
仕方なかったよ」

と、

言ってあげたい。


言えなかったのは、
気持ちがなかったからじゃない。


まだ、
言葉になっていなかっただけ。


もしかしたら、

あのとき
言えなかったことにも、

意味があったのかもしれない。


それだけで、
いい。

今日言えなかった言葉も、

今夜は、
そのままでいい。



あわせて読みたい


誰かと話したあと、

「あれ、言い方大丈夫だったかな」

「気を悪くしていないかな」

と、帰ってから何度も思い返してしまうことがあります。

こちらの記事では、
そんな小さな「気にしすぎ」を、
そっと見つめました。

今回の文章と重なるところもあるので、
よかったら続けて読んでみてください。

「『気を悪くしたかな』と、すぐ思う。」



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