30年ぶりにディズニー行ったけどあまり感激しなかった
いやあ~。
行ってきたぜ、ディズニーランド!
すんげえ人の数。
たまたま土曜出勤の振替休日がとれたので、
平日に行ってきたんですけどね。
ディズニーって、
一日4万人
ぐらい来るらしいんです。
まず最初に思ったのは、
平日の朝っぱらから、4万人もの群衆が
夢の国でぷらぷらしてたって、
日本って何事もなく動くんだなあ
って。笑
だって、私が平日へーこら働いてる間にも、
4万人がここで熱狂してるわけでしょ?
なんかね、もう、平日へーこら汗かいて働くのが
馬鹿らしくなりますよ。
あそこにいると。
それで、私は幼少期に一度だけ行ったことがあって、
それ以降30年くらいディズニーなんて行ったことがなかったんですよ。
だから、30年ぶりとは言え、ほぼ初めて訪れるようなもの。
世の中にはディズニーガチ勢みたいな人たちもいて、
この順番でこうやって攻略して・・・みたいな、
ゲームのタイムアタックみたいなこと考えてる、
みたいな人たちもいるくらいだから、
さぞ楽しい空間なんだろうなあと。
家族連れで行ったら、負担もあるけど、
まあそれ差し引いても楽しいんだろうなと。
いや、まあ、確かに楽しかった!
楽しかったけど、
うわああ~~~!!!
すげえええぇ~~~!!!
イヤッホォオオ~~~ウ!!!ワッショイ
って感じではなかった。笑
なんていうか、こう、
楽しい!面白い!よくできてる!
とは思うんだけど、
心の底から「うひょおおぉ!」とはならない。
妻も同じ心境だったようで、
これ、なんでだろうねって、
ジャングルクルーズ並びながら話し合ってたんですよ。
で、お互いの共通言語になりつつある発達心理学の話をしてたんです。
発達心理学には、「大人の発達」って概念があるんですよ。
子どもの頃に身体や脳がグイーンと発達するように、
大人になってからも、心の構造は発達していくぜ、
っていう考え方です。
詳しい話は省きますけど、ひとつ大事なポイントがあって、
それが「メタ認知」っていうやつです。
要するに、
自分が今何を感じているか
自分が今どういう状況に置かれているか
っていうのを、一段上から眺める能力なんですけどね。
子どもって、楽しい時には全力で楽しい!怖い時には全力で怖い!っていう、いわば
感情と一体化した状態
じゃないですか?
それが大人になるにつれて、
自分の感情を「対象化」できるようになるんですよ。
「ああ、今俺は楽しんでるな」
「今、ちょっと興奮してるかも」ってね、
自分を観察するもう一人の自分
が出てくるわけです。
で、ディズニーランドって、
ものすごく精緻に作り込まれた、
興奮を生み出すための装置
じゃないですか。
光、音、匂い、動線、キャストの笑顔、
ぜーんぶ計算されてるでしょ?
子どもは、その装置にダイレクトに反応して、
「うわああああ!!😆😆」ってなる。
まっ、それがいわば正解の反応なわけですな。
でも、大人になっちゃった私たちは、
アトラクションに乗りながら、
へ~すげえ~。あ、この仕掛けこうなってんのか
とか、
平日4万人ってことは、客単2万としても日販8億かあ~
みたいな、
一段引いた視点が勝手に発動しちゃうわけです。笑
いや、別に冷めてるとか、ひねくれてるとかじゃなくてね。
単純に、年取って、脳の使い方が変わったんだと思うんですよ。
メタ認知能力が上がるっていうのは、
発達心理学的には、まあ「成長」ではあるんですが、
同時に、何かに純粋に没入する力は「退化」していきます。
人間はこうやって、「成長」と「退化」を
繰り返しながら発達していくのです。
発達心理学的にはね。
ちょっと寂しい話でもあるんですけど、
まあ、悪いことばかりでもない。
大人には大人の楽しみ方ってのがあって、
お~、ここのアトラクション、ストーリーテリングが上手いなあ
とか、
このキャストさんの演技、訓練の賜物だな~!
みたいな、そういう「構造を味わう楽しみ」がある。
絶叫はできないけど、ニヤニヤはできる、っていうかね。
一言でいうと、「嫌らしい楽しみ方」ですな。笑
だから、ディズニーランド、 楽しかったかと聞かれたら、楽しかった。
でも、子どもの頃みたいに「もう一生分の幸せ使い切った!」みたいな多幸感はなかった。
これはディズニーが悪いんじゃなくて、
私たちが大人になっちゃっただけなのです。
ガチ勢の人たちって、もしかしたら、
この「大人の発達」を
どっかの段階で意図的に止めてる
のかな。それとも、
大人なりの楽しみ方を極めまくった結果
なのか、どっちなんだろうな、とか考えながら、
ジャングルクルーズでぷかぷかゆられてました。
まあ、たぶん後者だろうな!
知らんけど。笑
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