別々の感覚を持った二人は、夫婦であり続けられるのか2026年7月27日 R8
夫が久しぶりにこちらへ来ている。
岡山での仕事があり、7月25日の夜から滞在し、30日の朝には帰る予定である。
普段は離れて暮らしているため、久しぶりに同じ空間で過ごすと、今までの結婚生活を振り返る瞬間が増える。
私は今回、自分でも驚いたことがある。
「早くこちらへ来てほしい」と思っていたわけではなかった。
むしろ、来れば部屋が汚れる、掃除が増える、自分の生活のリズムが変わる、そう思っている自分がいた。
以前なら、そんな自分を冷たい人間なのではないかと思ったかもしれない。
しかし、長い年月を振り返ると、私は困難な時に一人で乗り越えてきた経験が多かった。
病気の時。
手術の時。
子育てで大変だった時。
生活やお金のことを考えなければならなかった時。
いつの間にか、「誰かに頼る」よりも「自分でやる」ことが当たり前になっていた。
夫は悪い人ではない。
人に対して誠実で、困っている人を助ける優しさもある。
しかし、家庭生活において必要な判断や先を読む力、生活を一緒に背負う力については、私は長い間違いを感じてきた。
今日、暑い中で私はスターバックスへ行きたかった。
夫もスターバックスが好きである。
しかし、夫は麺類が食べたいと言った。
私はスタバへ行き、夫は一人で食事へ行った。
昔なら、どちらかが合わせていたのかもしれない。
しかし今は、お互いが「自分はこれがいい」と思うことを無理に変えなくなった。
別々に暮らす時間が長くなると、人は自分の生活の心地よさを知る。
好きなものは好き。
嫌なものは嫌。
それを簡単には譲らなくなる。
これは夫婦として寂しいことなのだろうか。
それとも、お互いを一人の人間として認める形なのだろうか。
夫婦とは、すべて同じ考えを持つことなのか。
それとも、違う感覚や価値観を持った二人が、それぞれの人生を尊重しながら共に存在することなのか。
答えはまだわからない。
ただ、68年生きてきた今、私は「こうあるべき夫婦」という形よりも、自分自身が穏やかに生きられる形を大切にしたいと思う。
長い時間を共にした二人だからこそ、同じではない部分も見えてくる。
別々の感覚を持った二人が、どのような距離で生きていくのか。
これからも考えていきたい。
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