【有料販売】デンマーク滞在中の日記
デンマーク滞在中は日記を欠かさず書いていました。
どんな話をしたか、何を感じたか、考えたこと、日本のことデンマークのこと、人のこと、人生のこと、この場所にどう適応するか、自分をどう整えるか、過去のこと、これからのこと…
その日記をどなたでも見られる形にするのも面白いと思いました。
願わくば留学を考えている方、人生を考えたい方、そうしたお気持ちとの良い出会いに繋がれば。
ご承知おきいただきたいことは二つ。
①とても長いです。笑
②個人名も出てくるため、外へは出さないようにお願いいたします。
URLをお渡しすればどなたでもアクセスできてしまうのですが、「お支払いいただく」という手順を踏むことでそれを避けることができるのではないか、と考えました。
そのための有料販売という形、ご理解いただけましたら。

こんな内容が書いてありますということで、ある日の日記を一日分貼ります。写真も一緒に。
一日分でこれですので、4ヶ月の滞在中となると大変に長くなりました。
(滞在中に撮った写真もすべて入っていますので!)
お楽しみいただけるようでしたら、よろしければご利用ください。
ある日の日記 8/25
この3日間のisolation(駐:学校が始まって一週間後、人生で初めてのコロナにデンマークでかかり別部屋にこもっていたのでした…)で思いのほか体力が落ちている気がするので、スクワットや腕立て伏せから再開。少しずつ取り戻していこう。ギターやドラムでもそうだけれど「取り戻す」「元の状態に戻す」はほぼ不可能で「新しく感覚を作り直す」しかないこともある。
→こう思える・割り切れるのは楽器をやっていた経験があるから。
食堂やクラスの色々な場面で、先生やグループメンバー達が挨拶してくれたり調子はどうか気にかけてくれたりする。自分は何だかんだ健康でやってきて、こういう「復帰する側の立場」はあまり経験がない。でも皆はどう思っているかとドキドキするものなんだな、明るく接してくれると嬉しいなと知れてよかった。
モーニングアッセンブリーはこの学校生活を支えてくれている人たちについての話。だから掃除やキッチンデューティーって大事だよねっていうマジメな話。学校が始まって2週間したし、生徒の中にはメッセンジャー、ゲーム、インスタなどをしながら参加している人、いかにもだるそうに歌う人などいて、日本でもどこでも若者は変わらないなと思う。キッチンデューティーだって本当はだるいんだろうな。それはデンマークと言えども何も変わらないなと思う。
コロナでお休みしたサステナビリティのクラス(体調を気にかけてくれたニックと話したがアウトドアコースに移ったとのこと)に参加。木のボックスづくり。Jonasが自分の作業に入れてくれて、ねじ回しなどいくつか一緒にやらせてくれた。
聞こえてきた話だとフェイは17歳?らしい。自分の半分。大人っぽく映っていたけれど若いわけだ。
顔料を混ぜて塗料をつくるときにミキサーを使うのだけれど、クルミドコーヒーでシャンティ作りをやらせてもらったのと似ているなと思う。今度はやらせてもらおう。
ルートグループは相変わらずクリストファーが(先生らしくなくて)ゆるくて良い。あらためての自己紹介をしたのだけれど、一度で全て分かるわけないから何度かに分けてバックグラウンドを話すこのやり方は良いなと思う。けっこう幼稚園で先生をしていたという人が多くて驚いた。北欧圏では(高校の後に?)一般的な進路なのかもしれない。
あと印象的だったのは一度働いた後に「何か違うことをしたい」「誰か違う人と出逢いたい」「自分のことをもっと知りたい」「自分について考えたい」という理由でフォルケに来た人がすごく多かったこと
クリストファーはカフェやレストランで働いたバックグラウンドを持ってこの学校の先生に着任、学校のfood sufficiency食料自給率を上げたりサスティナブルな畑を作ったりする役目→「この学校には土地や自然はあっても人間の暮らし=食料確保ができる形にはなっていない」
外に出て大木の下でMTGした時に、木と木の間に張ってあるロープ(バランスをとりながら上を歩くやつ)に座ってビヨンビヨンしていたら後ろにひっくり返って、なんだか子どもみたいでちょっと楽しかった。
自由時間に読書室でNVCの本を読む。コロナのisolationでどう思われているんだろう、どう戻ろうなどと考えるようになって=自分の「自然」と離れてバランスを崩していたタイミングだったので、「そうそう、本当にそうだよね」というペースで読めるNVCの考え方はニュートラルポジションに自分を戻す感じがした。
大体の問題は「暇に耐えられるか」なんじゃないか。たとえばパートナーがほしい気持ちさえも「だってそうすれば暇じゃなくなるから=相手がいることで暇を解消できるから」が根本の理由になっていることだってある。
暇に耐えられる=自分自身でいるということで、近ごろは「自分でいる」ことが良いとされている風潮だけれど、自分自身でいたいその理由は何か。「すごい人だと思われたい」など人の目を気にしているからであれば結局またズレる。「自分自身でいることが自分にとって良いから」以外に有り得はしない。
じゃあ「自分自身のためだけに自分でいる」のだから、実現したって別にすごい変化を生むようなことじゃない。少なくとも暇は引き続きやって来る。だから「暇=時間とどうつき合うか」は常についてまわる。
フォルケに来たのはgreat resetのためだったし、どかっと手に入る暇に数か月間も身を浸すことで、暇とのつき合い方を獲得したかったからだった。
夕食の後にグループごとに集まって明日8/26のパーティに向けた準備時間。グループごとの出し物としてゲームを考える時間(デンマーク語がガンガンに飛び交っていた、小グループで話す時間を提案すればよかったかな)→ソフィーが提案したゲームをみんなでやってみる時間。英語でばっと説明されてもなかなかルールはつかめなくて、やってみたら案の定まちがっていて、誰もそれをバカにするようなことはないのだけれど何だかすごく疲れて、その後に独りでギターを弾いて気楽な気持ちになる。
自由時間は基本的に独りでいるようにしているのだけれど、それでも今の自分にとってこの学校での関わりはtoo muchなのかもしれない。英語だから余計に疲れるというのはあるだろうなと思う。耳のスイッチをオンにしておかないとキャッチできないし。でも気持ちとしては耳をオフにしておきたい気分なんだろうな(クラス、duty、ルームメイトだけで十分だよなと思っている。関わりや関係を広げたい気持ちはない。静かに過ごせるならそれが良い)


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