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首は縮んだが人生は縮まない

首が縮んでしまった。

ただでさえ短い首なのに、
さらに短くなったような気がする。
原因は分かっている。
2025年1月の階段転落事故だ。
あの日、私は階段から転落し、
病院で頸椎捻挫と診断された。

事故直後の数か月は本当に辛かった。
握力が失われた。
神経の暴走による激しい痛みが、
首から肩、そして上半身へと広がった。
寝返りを打つのも苦しい。
着替えをするのも苦しい。
何をしていても痛みがついて回る。

医師からは、「九死に一生でしたね」
と言われた。
その言葉を聞いた時、
改めて生かされていることを実感した。
だから痛みへの不満よりも、
「まだ生きていられる」
という感謝の方が大きかった。

幸いなことに、三か月ほど経つ頃には
見た目もかなり回復した。
首は真っ直ぐにはならない。
それでも街を歩いていれば、
普通の人と変わらないように
見えるところまで戻った。

だが事故から一年半近くが経った今も、
首から肩にかけての違和感は残っている。
背もたれのしっかりしていない椅子には
長く座れない。
長時間の移動では姿勢を気にする。
以前なら何とも思わなかったことが、
今では気になるようになった。

そんな中で、
私が密かに確信していることがある。
首が縮んだのである。
医師に話すと、「それは考えにくいですね」
と笑われる。
だが私の感覚は違う。
確実に変わった。

まず、人間ドックの身長測定だ。
以前より一センチ低くなっている。
測り間違いではないかと思い、
「もう一回お願いします」
と頼んだこともある。
だが結果は同じだった。
一センチは取り戻せない。

さらに決定的なのはワイシャツである。
以前は何の苦労もなく留められた
一番上のボタンが、なかなか留まらない。
首を伸ばしてみる。
顎を上げてみる。
それでも難しい。
ワイシャツが急に縮むはずはない。
だとすると、首が短くなったか、
太くなったか、その両方なのだろう。
もちろん、こんなことを言うと笑われる。
しかし毎日ワイシャツを
着る本人には分かるのである。

階段転落から一年半。
身体はかなり回復した。
だが完全に元通りになったわけではない。
これから先も、
元には戻らない部分があるのかもしれない。
首もその一つなのだろう。

それでも私は思う。
もしあの日、
ほんの少し打ち所が違っていたら・・・
もし医師の言う通り、
九死に一生ではなく、
残りの一死の方へ傾いていたら・・・
今ここにはいなかったかもしれない。

首が一センチ縮んだとしても構わない。
ワイシャツのボタンが
留めにくくなっても構わない。
こうして仕事ができる。
家族と話ができる。
好きな場所へ出掛けることができる。
それだけで十分に有り難い。

首は縮んだかもしれない。
だが人生まで縮めるつもりはない。
残された日々を悔いなく生きる。
それが九死に一生を与えられた者の
務めなのだと思っている。

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