「黒浜式」とは?
一般に「○○式」という表現は、特筆あるいは称賛すべき方式を顕彰する場合に用いられます。
ガンダム世代のわたしには「δガンダム」こと「百式」が思い浮かびますが、日本では妊娠にまつわる苦悩を救った「オギノ式」が特筆すべき方式でしょう。
そこで「黒浜式」ですが、これは埼玉県蓮田市黒浜にある「黒浜貝塚」(国史跡)から出土した土器の型式が、縄文時代前期中葉、約6,000~5,500年前の指標として採用されたものです。
出土した土器によって遺跡が営まれた年代を推測するための顕著な方式の一つとなっています。
国指定史跡「黒浜貝塚」
黒浜の西側、元荒川を挟んだ対岸の蓮田市関山一丁目には「関山貝塚」があり、ここから出土した土器の方式は「関山式土器」として、縄文時代前期前半、約6,500~6,000年前の指標として採用されています。
関山式よりも古いのが花積下層式で、縄文時代前期初頭、約7,000~6,500年前の指標ですが、昔は花積下層式と関山式と黒浜式は区別されずに「蓮田式」と呼ばれていました。
「蓮田式」が無くなってしまったのは、少し残念な気がします。
黒浜式は、平底の深鉢や、羽状縄文、胎土の繊維など、関山式と共通する部分が多いのですが、土器文様が複雑なものが出現してきます。
蓮田市役所の向かいにある蓮田市文化財展示館では、蓮田市の天神前遺跡55号土坑から出土した、黒浜Ⅲ式の土器を展示しています。
※写真で詳しく紹介してくださっている方がおられます。
「こちらが素晴らしい「黒浜式土器」です」
この土器は、姿形が非常に美しく、洗練されています。他の土器と比べると制作者の凄まじい熱量が感じられます。
土器づくりは基本的に女性の役割だったと考えられていますので、草間彌生さんみたいな人が作ったのかもしれないと想像を掻き立てられています。
開口部に波打つような先端部分を造形するのは「波状口縁」と呼ぶそうです。
大きな波状の口縁部には、さらに細かい波状突起が幾つも造形されています。
器体上部には半截竹管(竹を半分に割った工具)による「沈線文」と「爪形文」も見られます。
平行線の中に爪形あるいはC字のような刻みを細かく連続で入れています。きめ細かな丁寧な文様づくりです。
半截竹管による飾りは胴部にも見られ、羽状縄文によって描いた菱形を浮かび上がらせるように強調しています。
黒浜貝塚ではマガキ(真牡蛎)の出土が多く、すでに6,000〜5,500年前には養殖が営まれていたと考えられています。
崖に露呈していた硬砂層(硬い石のような地層)から硬砂ブロックを採掘し、カキが着生するのを促していたようです。
石蒔き式養殖法よりは多くのカキを収穫できたと考えられます。
出土したカキの着床痕には、枝茎付着のものも多く見られたことから、ヒビ(麁朶)建て養殖法も営まれていたようです。
黒浜貝塚の詳細は、以下の「国史跡 黒浜貝塚」シリーズ(№1~6)に掲載されています。蓮田市民必見の秀逸レポートです。
人間科学部心身健康科学 中山和久

