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水のように生きる

昔、水のように生きていきたいとぼくは願っていた。
水はやわらかく、どんな形にでもなることができる。
コップに入れれば円柱、水槽に入れれば直方体、ペットボトルに入れれば……ペットボトル型に。

山の中を流れる澄みわたった川の流れを見ていると、水は流れていきながら常に周囲の岩や木や草の言葉に耳をすませ、その声に合わせて下流へ下流へ進んでいくように見える。
それはまるで意志がないようだけれども、決してそういうわけではない。
行き着きたい場所がちゃんとある、主体的な流れなのだ。
その後、川の水はやがて海に到達し、気流に押しあげられて雲となり、雨となって地上に降りそそぐ。

水は地球の血液なのだと思う。

家の中で雨音を聞いているのが好きだ。
水がぼくの家の屋根や窓を使って演奏しているように聞こえる。
音程もリズムも強弱も、ほとんど変化することはないけれど、ぼくのとげとげしい心持ちはその音で少しずつ落ち着いていく。

ぼくがどんなに落ちこんでも、喜んでも、苦しんでも、楽しんでも、変わらずそこにあり続ける水。
美しくきらめき、どんな人の心をも癒やすことのできる水。

そういうものにぼくはなりたい。


※古い創作メモより(タイトルは後付け)

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