もののけ姫のモロは山犬=狼=大神、サン=太陽 〜人間と自然の境界の物語〜
現代を生きるための御守りと武器「玉の小刀」日本の未来は呪われている?
「黙れ!小僧!!」
この、あまりにも有名なセリフ。
『もののけ姫』に登場するモロの君(山犬)が、アシタカに放った一言だ。
私もいつか、
このセリフを言ってみたいと心から思う。
なぜなら、現代社会で本当に怖いのは、タタリ神なんかじゃなく、私たちと同じ人間だからだ。
モロとサン:見えない「境界線」を越える者たち
『もののけ姫』は、人間と自然、破壊と再生、そして憎しみと愛の物語。
だが、視点を変えると、そこには日本古来の深い宗教観が隠されている。
モロ(山犬=大神)
日本の古い信仰では、狼は「山犬」と呼ばれ、田畑を荒らす獣を退ける、神の使いとして畏れられてきた。
山犬=狼=おおかみ=大神
モロは、ただの動物じゃない。
自然の神であり、人間社会の行いを監視する存在だ。
サン(SUN=太陽)
そんなモロに育てられた人間、サン。
彼女は自然と人間、その二つの世界にまたがる存在だ。
山犬+人→山伏(やまぶし)
だが、実はもう一人、
同じように境界線に立つ存在がいる。
アシタカは呪われた人間(山伏?)
アシタカは、呪いを受けて故郷を追われ、人間と自然の間を旅する。
彼はどちらにも属さず、どちらの立場にも立って物事を判断しようとする。
その姿は、山にこもって修行し、神と人間の間を自由に行き来する「山伏(やまぶし)」のようだ。
「誰にでもいい顔をする」優柔不断に見える彼の行動は、実は両者の間に橋をかけようとする、宗教的な「媒介者」の役割を担っていたのかもしれない。
名前の暗号が示すもの
モロ=大神(自然そのもの)
サン=太陽・山伏(自然と人間をつなぐ巫女)
アシタカ=明日を見渡す鷹(未来の視座を持つ人間)
『もののけ姫』は、
自然の神(モロ)と人間(エボシ)を、
太陽(サン)と鷹(アシタカ)がつなごうとするスピリチュアルな対話の物語だったのかも。
現代社会に必要な玉の小刀「護身用の武器」
しかし、この壮大な物語の中で、私が一番心を奪われたのは…
アシタカが許嫁からもらった「玉の小刀」をサンに渡してしまうシーン。
「おいおい、それ……」とツッコミを入れたくなる。
だが、それ以上に私はこう思った。
あの小刀、護身用にめちゃ欲しい。
だって、タタリ神なんて架空の存在よりも、隣人トラブルや、電車の痴漢、酔っ払い、治安の悪化など、現代社会に潜む生身の人間の方が、圧倒的に怖いではないか。
もし、「黙れ!小僧!」と一喝しながら、サッと抜ける小刀が合法的に持ち歩けたら、どれだけ安心だろうか。
平和ボケの金持ちと、小刀を求める庶民
「平和」だとか「多様性」だとか言っているのは、安心できる場所に住んでいる、ごく一部の人々だ。
庶民が本当に求めているのは、そんな曖論なものではない。
「悪人退散!」と叫べるような、強くて効果のある武器なのだ。
だから、レンタル怖い人や、護身用の催涙スプレーがXで話題なのだ。
私たちは、神に祈るよりも、まず自分の身を守るための「玉の小刀」が欲しい。
だが、現実は「護身用に小刀を持ち歩く」なんて法律違反。
ならば、現代社会で、私たち自身の「玉の小刀」になり得るものは何だろうか?
それは、金と権力だ。
お金は、危険な場所から私たちを遠ざけ、安心できる環境を与えてくれる。
権力は、不当な暴力や支配から、私たちを守ってくれる。
祈りや信仰は、時に現実の脅威から目を逸らすための、甘い言葉かもしれない。
モロの「黙れ!小僧!」の一喝のように、曖昧な言葉を断ち切り、現実を生き抜くための武器を、私たちは今、必要としている。
生きろ…そなたは美しい…
