「本当の自分」という思い込みから自由になる
やりたいことが見つからない
自分らしさがわからない
まわりと比べて自分が空っぽに感じる
そうした悩みの背景には、「どこかに固定された本当の自分があり、それを見つけ出さなければならない」という思い込みが隠れていることが少なくありません。
しかし、もしその「本当の自分」というもの自体が、はじめから存在しないのだとしたら、どうでしょうか。探しても見つからないのは、あなたの努力が足りないからではなく、そもそも探す対象が固定された形では存在しないからかもしれないのです。
本記事では「本当の自分という思い込みから自由になる考え方」について解説していきます。興味のある方はぜひ最後まで読んでください。
人は常に変化している


私たちはつい、自分の中心に変わらない「核」があると思いがちです。
・子どもの頃から変わらない性格
・生まれ持った気質
・まだ見つかっていない才能
そんな「本当の自分」を見つけられれば、人生の迷いも消えるように感じます。
しかし、私たちは常に変化しています。昨年の自分と今の自分では、考え方も好みも違います。大切にしているものも少しずつ変わっています。
・出会った人
・読んだ本
・経験した出来事
そうした一つひとつによって、私たちは絶えず更新され続けています。つまり、自分とは完成した一枚の絵ではありません。今この瞬間も描き続けられている、途中の絵なのです。
固定された自分が存在しないというのは、悲しい話ではありません。むしろ、今の自分に縛られなくていいということです。
いつでも変われる。そこにこそ希望があるのです。

「こうあるべき」が苦しみを生む


私たちの心を重くしているものの多くは、「自分はこうあるべきだ」という思いです。
・もっと優秀であるべきだ。
・もっと好かれるべきだ。
・この年齢なら、こうなっているべきだ。
そんな「べき」が生み出す現実と理想の「ズレ」が不満や焦り、自己否定を生み出します。
苦しみとは、現実の自分から生まれるものではなく、「こうあるべき自分」への執着から生まれるものなのです。

評価は人間が作ったラベル


社会的な地位
肩書き
他人からの評価
人間関係の中での立ち位置
私たちはこうしたものを、まるで自分の価値そのものであるかのように受け取ってしまいます。しかし、それらは本来、人間が便宜上つくり出したラベルにすぎません。
役職や評価は、ある社会の、ある時代の、ある場面でだけ通用する取り決めです。国や文化が変われば価値の基準は変わりますし、同じ社会の中でも時代とともに移り変わっていきます。私たちはそうしたラベルを自分自身と同一視しがちですが、ラベルが剥がれたからといって、その人の存在価値が消えるわけではありません。
ラベルを「便利な道具」として使うのはかまいません。問題は、道具であるはずのラベルに、自分の存在そのものを預けてしまうことなのです。

今は、永遠には続かない


自分が変化していくのと同じように、他人もまた、状況や環境によって絶えず変わっていきます。いまうまくいっていることも、いま苦しいことも、同じ形のまま永遠に続くわけではないのです。
今の失敗が自分のすべてを決めるわけではないし、今の評価が一生ついてまわるわけでもない。逆に、今の成功にしがみつく必要もありません。すべては移り変わっていく途中の一場面にすぎないのです。
そのことを忘れずにいるだけで、目の前の出来事に振り回されにくくなるはずです。

「こうでなければ」を手放す


心を軽くするために必要なのは、「こうでなければならない」という思いを少しずつ手放していくことです。
それは努力をやめることでも、自分を諦めることでもありません。ただ、「こうあるべき」という一つの正解に縛られすぎないことです。
変化していく自分を認める。
変化していく状況を受け入れる。
そうした柔軟さを持てるようになるだけで、心はずいぶん軽くなります。
完璧でなければ価値がない。そんな思い込みをそっと脇に置いてみる。すると、いつの間にか背負っていた重荷が少しずつ下りていきます。
自分を否定する必要はありません。
変わっていく自分を「ダメな自分」ではなく、「自然な姿」として見られるようになったとき、私たちはもっと自由になれるのです。

どこへ向かいたいかを考える


「本当の自分を探す」という旅は、ときに終わりのない迷路になります。
自分は何者なのか。
自分らしさとは何か。
その答えを探し続けるうちに、いつの間にか前へ進めなくなってしまうこともあります。そんなときは、「自分とは何か」という問いを手放してみる。そして代わりに、「どこへ向かいたいのか」を考えてみるのです。
固定された自分を見つけようとするのではなく、目指したい方向に目を向ける。
誰かの役に立ちたい。
こんな世界に近づけたい。
こういうものを生み出したい。
そうした願いに向かって歩いているうちに、自分という輪郭は少しずつ形づくられていきます。
自分にしがみつくのをやめ、向かいたい方向へ一歩を踏み出す。そのとき私たちは、「本当の自分探し」よりも確かな充実感を手にできるのです。

最後に


私たちはつい、「どこかに本当の自分があって、それを見つけなければならない」と思い込んでしまいます。しかし人は、固定された存在ではなく、常に変化し続ける存在です。だからこそ、いまの自分に縛られる必要はありませんし、過去の失敗や今の評価が永遠に続くこともありません。
「こうあるべき」という執着を少しずつ手放し、地位や評価といったラベルと自分自身を切り離して考えられるようになると、心はずっと軽くなります。そして、自分の内側を探し続けるよりも、向かいたい方向へ歩き出すほうが、結果として自分らしい人生に近づいていけるのかもしれません。
本当の自分を探さなければ、と気負っていた方が、この記事を通して少しでも肩の荷を下ろし、「変わっていく自分」を前向きに受け入れるきっかけになれたなら、とても嬉しく思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
