妖怪温泉タロット

まず一枚だけ、先に見ていただきます。
化け猫の札です。
石柱の上に二匹、まったく同じ姿で座っています。
ただし、どちらか一方は本物の猫です。
違いは一箇所だけ。
答えは記事の最後に書きます。
このデッキは、そういう作りになっています。
一見すると、豪華で荘厳な日本妖怪タロット。
よく見ると、
「何を真面目にやっているんだ」
という絵です。
テーマは「マイナー妖怪 × 温泉郷 × タロット」。
大アルカナ二十二枚すべてを、妖怪たちの温泉街に翻訳しました。
ただ妖怪の絵にアルカナ名を付けたのではありません。
タロットの象徴そのものを、温泉郷の何かに置き換えています。
愚者の崖は、湯気で先が見えない露天風呂の縁に。
節制の「二つの水を混ぜる」は、湯もみに。
塔の落雷は、間欠泉の噴出に。
では、二十二枚をどうぞ。
0 豆腐小僧 THE FOOL

湯に入れば、湯豆腐小僧。
豆腐を持って歩いているだけの、無害で目的のない妖怪です。
無垢で、軽率で、どこへ行くのかわからない。
愚者にこれ以上ふさわしい配役はありません。
崖 → 湯気で足元が見えない露天風呂の縁。
本人は気づかず、次の一歩を踏み出しています。
警告の犬役は、一つ目小僧が務めています。
間に合っていません。
I 瓶長 THE MAGICIAN

汲めども尽きぬ、湯の元。
古い甕の付喪神で、注いでも注いでも中身が尽きないとされます。
尽きない器は、そのまま源泉です。
魔術師の四つの道具 → 湯桶・柄杓・湯もみ板・手拭い。
厳粛に並べられていますが、全部ただの風呂道具です。
頭上の無限大記号 → 立ち昇る湯気が描く輪。
あらゆる術を使えるのに、やっていることは湯加減の調整です。
II 塗壁 THE HIGH PRIESTESS

この先、湯けむり。
襲わず、化かさず、ただ通さない妖怪です。
女教皇もまた、巻物の中身を教えてはくれません。
二本の柱 → 湯殿の柱。
ヴェール → 固まった湯けむり。
そして空に月はありません。
湯にだけ月があります。
実体は見せず、映像だけを見せる。
石畳の上に、下駄が一足だけ残されています。
III 山姥 THE EMPRESS

呑み込むほどに、育てる。
金太郎を育てた母であり、旅人を喰う山の主でもあります。
受け入れて育てるものは、同時に呑み込むものです。
豊穣の実り → 湯に浮かぶ柿と栗と紅葉。
広げた髪の中に、小さな草履が一つ沈んでいます。
IV 大禿 THE EMPEROR

湯加減は、儂が決める。
巨大な禿頭の妖怪です。
動かず、正面を向き、すべてを見ています。
玉座 → 檜の角風呂。
笏 → 柄杓。
宝珠 → 風呂桶の蓋。
足元で四体がひれ伏していますが、決めているのは湯の温度です。
V 木魚達磨 THE HIEROPHANT

叩かれて、初めて鳴く。
古い木魚が達磨と化した付喪神。
教義を伝える道具そのものが、説教者になった姿です。
聖なる教え → 口から立ち昇る湯気。
文字になりかけて、最後まで読めません。
聴衆の右端が、完全に寝ています。
VI 濡女 THE LOVERS

呼ばれて、振り向くか。
水辺で人を呼ぶ妖怪です。
恋人の札の本質は「選択」であり、多くの版では背後に誘惑者がいます。
二人を隔てる境界 → 月光の帯。
彼女の髪は、すでに男の足首に届いています。
彼はまだ動いていません。
VII 輪入道 THE CHARIOT

止まらぬものに、手綱なし。
燃える車輪に僧の首が乗り、猛然と走ります。
戦車でありながら、御者がいない。
乗り物と意志が、同じ一つの物体です。
左右のスフィンクス → 温泉街の狛犬。
どちらも無関心に見送っています。
車輪が濡れた石畳を焼き、水が一気に蒸気になっています。
VIII 垢嘗 STRENGTH

誰もやらぬを、毎晩やる。
湯屋の垢を舐め取る妖怪です。
力の札は、暴力ではなく根気で猛るものを鎮めます。
獅子 → 湯垢。
風呂の縁にこびりついた汚れが、牙を剥いた獣の顔になっています。
舌が通った跡だけ、石が白く戻っています。
半分はまだ吠えていて、半分はもう消えています。
IX 目目連 THE HERMIT

誰も来ぬ湯を、ずっと見ている。
破れた障子の穴すべてが目になる妖怪です。
隠者のランタン → 床に置かれ、燃え尽きかけた行灯。
掲げてはいません。
置かれています。
窓の外には温泉町の明かりが見えます。
この部屋だけ、湯が抜かれて何年も経っています。
X 瀬戸大将 WHEEL OF FORTUNE

上がる器と、割れる器。
古い瀬戸物が寄り集まって武者になった付喪神です。
運命の輪 → 宙を巡る器の円環。
右側で無傷のまま上がり、左側で割れながら落ちていきます。
頂点には冠を戴いた椀が一つ。
四隅の四生物 → 顔を持つ急須・徳利・飯椀・湯桶。
動かず見ています。
XI 閻魔 JUSTICE

熱いか、冷たいか。
正義の剣 → 柄杓。
天秤 → 熱湯の桶と、氷水の桶。
天秤は完全に水平で、どちらにも傾いていません。
下で一体が、どちらが注がれるのかを待っています。
XII 天井下 THE HANGED MAN

逆さから見れば、湯は空。
天井から逆さに降りてくる妖怪です。
この札のために存在しているような形をしています。
吊るされた男の光輪 → 天井に溜まった湯気。
そして水面には、正立した姿が映っています。
映り込みのほうが、正しく見えます。
XIII 骨傘 DEATH

湯を抜く、また溜める。
紙が朽ちて骨だけになった傘の付喪神。
用を終えてなお、そこに立っています。
死神の大鎌 → 湯を抜く渦。
下駄も柄杓も手拭いも、すべて吸い込まれていきます。
右奥の小さな管から、新しい湯が一筋だけ注いでいます。
XIV 湯女 TEMPERANCE

熱きも冷たきも、混ぜてぬるめ。
節制の二つの杯 → 熱湯の樋と、沢水の樋。
その合流点を、ちょうど湯もみ板が押さえています。
片足を水に、片足を陸に置く天使の姿勢 → 湯船をまたぐ立ち方。
水虎が真似をしています。
XV 油すまし THE DEVIL

出ようと思えば、出られる。
熊本県天草に伝わる妖怪です。
油を盗んだ者が死後に化けたという説があります。
悪魔の鎖 → 水面に張った油の膜から伸びる、緩い鎖。
見てのとおり、鎖は緩んでいます。
二人とも、いつでも外して立てます。
そうしないだけです。
逆さの松明 → 逆さに吊られた油灯。
XVI 逆柱 THE TOWER

逆さのままで、建てたゆえ。
木の上下を逆にして建てた柱には怪異が起きるとされます。
夜に軋み、家に凶事を招く。
塔の落雷 → 間欠泉。
空からではなく、地面から突き上げています。
空は真っ黒で、雲一つありません。
裂けた柱の木目の中に、苦悶する顔があります。
何年も軋んでいたのに、誰も聞いていませんでした。
XVII 雪女 THE STAR

湯を注ぐ者は、湯に入れぬ。
凍えた者に湯を注いでいます。
そして湯気が触れたところから、袖が溶けて消えていきます。
与えることで、自分が失われていく。
浸かっている一体は、目を閉じて何も気づいていません。
八芒星と七つの星 → そのまま。
水面にも映っています。
XVIII 化け猫 THE MOON

どちらかが、猫ではない。
冒頭の札です。
月 → 湯けむりに歪んで、最後まで正しい形に見えません。
月の札のザリガニ → そのまま這い出しています。
行灯の油は、舐め尽くされています。
XIX 毛羽毛現 THE SUN

隠れる気が、なくなった。
全身が毛に覆われた妖怪で、名は「希有希現」の音遊びとされ、めったに人前に現れないとされます。
その妖怪が、朝日の下で全身ずぶ濡れのまま両手を広げています。
ひまわり → 菜の花。
XX 暮露々々団 JUDGEMENT

そろそろ、お上がりください。
古びた布団の付喪神です。
審判のラッパ → 湯屋の振鈴。
墓 → 押し入れ。
そして「上がる」。
湯から上がる。
宿から発つ。
復活と召集に、これ以上の言葉はありません。
叩き起こされた側の顔をご覧ください。
XXI 大湯 THE WORLD

湧いて、注いで、抜いて、また湧く。
この札にだけ、妖怪の名前がありません。
真上から見た円い大浴場。
中心から湯が湧き上がり、湯気が輪を描いています。
縁の四方に、冬・春・夏・秋。
四季が一巡しています。
伝承のない妖怪たち
ここで一つだけ、書いておきたいことがあります。
この二十二枚のうち、
大禿
木魚達磨
瀬戸大将
目目連
毛羽毛現
暮露々々団
骨傘
この七枚は、江戸時代の絵師・鳥山石燕の画集が初出で、それ以前の口承や説話の記録がほとんど確認できません。
石燕が絵と名前だけを描いた。
中身は、誰も決めていない。
たとえば毛羽毛現の名は「希有希現」という音遊びから来たとされます。
駄洒落から生まれた妖怪です。
では、その妖怪に「太陽」の意味を与えるのは、勝手な創作でしょうか。
タロットもまた、絵と番号に後から意味が積み上げられてきた体系です。
二十二枚の並びに世界の全体を読み取るという発想自体、後世の解釈です。
空の器に、別の空の器を重ねた。
このデッキがやったのは、それだけです。
そしてそれは、瓶長という妖怪がやっていることと、たぶん同じことです。
最後に三つ
ひとつ。
二十二枚のうち、二十一枚は夜です。
朝なのは XIX 太陽の一枚だけ。
並べたとき、あの札だけが光っています。
ふたつ。
XXI 大湯には妖怪の名前がありません。
最後の札の主役は、湯そのものです。
このデッキは、最初から湯の話でした。
みっつ。
冒頭の答えです。
尾が二股に割れているほうが、化け猫です。
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