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人生で主役になれるのは3回だけ?【資格受験がチャンスを増やす】

「自分の人生の主役は自分自身である」

これは、誰もが一度は耳にしたことがある言葉でしょう。

私たちは自分という物語のセンターに立っているはずです。しかし日々の忙しなさに追われる中で「いま、自分は間違いなく人生の主役だ!」と胸を張って実感できる瞬間がどれほどあるでしょうか。

一般的に、人生で主役になれる機会は3回しかないと言われています。それは誕生、結婚、葬式の3つの儀式です。

でも冷静に考えてみると、この3回はどれも主役としての実感を得るには少しばかり心許ないものばかりなのです。


「3回のチャンス」の意外な落とし穴

まず誕生ですが、これは主役でありながら記憶がありません。周囲がどれほど喜び、スポットライトを浴びせてくれても、主役本人はその光景を認識できないのです。

次に葬式ですが、これは言わずもがな。自分が主役の舞台を自分自身の目で見届けることは叶いません。残された人々が主役を悼んでくれますが、本人の意識という点では主役不在の舞台と言わざるを得ないでしょう。

そうなると残るは結婚です。しかし結婚は一人では成立しません。パートナーというもう一人の主役がいて初めて成り立つものです。いわば主役の座を0.5ずつ分け合っている状態です。2回結婚すれば1.0(1回分)の主役を経験したことになるという理屈も通りませんし、そもそも結婚という道を選ばない人もいます。

こうして見渡してみると私たちが自分の意志で「自分こそが主役だ!」と100%確信できる機会というのは驚くほど希少なのです。

学校受験は「集団劇」の一部にすぎない

では多くの人が経験する受験という舞台はどうでしょうか。

確かに受験は人生の大きな節目です。しかし高校受験や大学受験の多くは同年代の多くの若者が一斉に経験する「通過儀礼」のような側面があります。クラスメートと一緒に塾へ通い、同じような不安を抱え、同じ時期に試験会場へ向かう。

それはまるで大人数で演じる群像劇のようなもの。もちろん合格した時の喜びはひとしおですが「自分だけの特別な舞台に立っている」という感覚よりは「世代という大きな流れの中にいる」という感覚に近いのではないでしょうか。

資格試験という、孤独で贅沢な独り舞台

では資格受験はどうでしょうか。
これは大きなチャンスです。

資格試験は学校受験とは性質が大きく異なります。業務命令などを除き、挑戦するかどうかを決めるのは自分ですし、勉強を始めるタイミングも自由です。周囲に同じ目標を持つ仲間がいたとしても、年齢も職業も歩んできた背景もバラバラです。

どんなに切磋琢磨して励まし合ったとしても最後に試験会場の椅子に座り、問題用紙と対峙するのは他でもない自分だけ。

その瞬間に世界から雑音が消え、あなただけにスポットライトが当たります。

スポーツ選手が満員のスタジアムで声援を浴びるように、あるいは俳優が舞台の幕が上がるのを待つように。一般の社会人がそれほどの緊張感と期待感を背負って「自分が主役の舞台」に立てる機会は日常生活にはほとんど存在しません。

誕生会で祝われることはあっても、自らの努力と意志でその座を勝ち取る主役感とは種類が異なりますからね。

主役の舞台を自ら創り出すという生き方

資格受験に挑むということは、単調になりがちな日常の中に自分が主役になれる舞台を自らセッティングする行為なのです。

「この試験に合格すれば自分の物語が大きく進む」
「今この瞬間の努力は主役である自分のためにある」

そう考えることができれば日々の勉強は「舞台裏の稽古」とも思えます。本試験の日はその稽古の成果を披露する、あなただけの舞台です。

世の中には生涯で何度も資格試験に挑戦し続ける人がいます。
彼らはおそらく知っているのでしょう。主役として舞台に立つあの高揚感が人生をどれほど彩り豊かなものにしてくれるかを。

何度でも主役を経験し、自分の人生を自らの力で動かしているという実感を得ることがどれほど幸福なことであるかを。

人生の主役になれる機会は決して3回だけではありません。 あなたが「挑む」と決めた数だけそのチャンスは増えていくのです。

あなたも自分だけの新しい舞台に立ってみませんか?

その挑戦の先にはこれまで見たこともないような輝かしい景色が、主役であるあなたを待っています。


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