ルールは身の丈まで
身の丈に合った生き方をしなさい。
借金はするな。贅沢はあかん。目の前にあるものでやりくりしなさい。
小さい頃から繰り返し言われたこの類いの「親からの教え」は今も自分を縛り続けている。
こんな令和の時代に、資金運用とか投資ってワードが出ただけでしり込みしてしまう。
勉強しようかな、と思った途端、「おじちゃんは株で失敗してえらいことになったんや。そのお陰でウンタラカンタラ」と身内の失敗話をまるで経典のように広げるおかんの顔が浮かぶ。
身の丈に合った生き方。
何もこれはお金の話だけじゃない。
自分を必要以上に大きく見せない。
これは見栄やプライドの問題じゃない。
出来ないのに「やります」と言うことで、本当はもっと適任の人がいたかもしれないのに、自分が無理やりやることで最終的に生まれるもののクオリティを下げることになる。
下手をしたら最後まで走りきれずに、後始末をする周囲の人間に大きな迷惑をかけることもある。
過去、仕事でもこの手の失敗は何度もしてきた。
「ほんとにできる?」と上司にガン詰めされて、
「この類のオファーは断らない主義なんで」
と、今考えるとアホすぎる返答で上司を困らせたこともある。
このあと、壮絶なパワハラが始まったのはある意味自業自得なのかもしれない。
ともかく出来ないなら周りに頼ればいい。
身の丈に合った仕事をこなせばいい。
そうすれば、誰にも迷惑はかけないし、咲くべき場所で自分も咲くことができるだろう。
全体最適の観点からもこれは正しい。
きっと。
……正しい?
果たして本当だろうか。
やれないことを、できませんと一歩下がることが、本当に正しいのだろうか。
そこに、「やりたい」という意思が乗ることは正しくないのだろうか。
今わたしはティッシュ字検定の師範という立場で、皆さんから集まったティッシュ字の作品集を作っている。
これまでZINEの編集なんてしたこともなかった。
関わったZINEやKindleは全て路地裏出版の本田すのう編集長にお任せしてきた。
カウンターの横にたまたま居合わせた美女から「あら、ぼうや本出すの?」と突然聞かれて「ひ、ひゃいっ!出します!本出します!本だけじゃなくて何でも出しますっ!!」と直立不動の僕に、すのう編集長は「そぅ、本出すの……」と静かに言い残して編集作業に入ったとか入らないとか。
なんのはなしですか
ともかく今回の「は」号で、すのう編集長は頼れない。何故なら、「の」号が並列して動いているから。
ここで「師範、できません」ということはできたと思う。「は」号を作れなくても、誰かに迷惑がかかる訳じゃない。
だけどやらなかったら、このワクワクは味わえなかった。
もう時間が無いとジリジリしながら、睡眠時間も削って必死に取り組む。このドキドキと充実感は得られなかった。
今朝、プロトタイプではあるけど、一通りの流れが出来上がった。
朝6時半。コニシさんに見せるPDFファイルを完成させ、眺めていたら泣けて仕方なかった。
文章と同じだと思った。
フリとオチ。起承転結。
読者が読んだ時どう感じるか。読者の呼吸までイメージしながら構成を作った。
読んだ人の顔を思い浮かべながら、ひとつひとつ、作品を並べた。
出来がいいかどうかと聞かれたらそれはもう分からない。読んだ人の判断に委ねたい。
Motto氏にデザインを任せたらきっとMottoカッコイイ本になっただろう。
あるいはプロに任せた方が、作品の魅力を引き出せたのかもしれない。
だけど、師範が作った本は出来なかった。
それだけは断言できる。
ここであらためて思った。
身の丈に合った生き方ってなんだろう。
自分で限界のラインを引いて、そこから先を超えるような冒険をしない生き方。
やっぱりそれは出来ないな、と思った。
1年前には身の丈に合ったぴったりのTシャツだと思っていた。

何故だか今見ると、全く似合わない気がする。
そろそろ変態道をさらに超えて、シン変態道へ進む時なのかもしれない。
なんのはなしですか
こちら、エッセイしりとりのバトンが来たので再び参加しました。
まさか八神さんから頂けると思わなかったので、めちゃくちゃ嬉しかったです😆
ばさらに生きる。いいですよねぇ。シン変態道にも通じますねぇ(え)
企画終了まで残り少しありますが、今回はここでバトンを置かせて頂きたいと思います。
マイキーさん、素敵な企画をありがとうございます✨️楽しく参加させて頂きました!

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サポートいただきありがとうございます😊嬉しくて一生懐きます ฅ•ω•ฅニャー