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コンデジ以上フルサイズ以下なんて言わせない〜GF10×L.モノクロームの最強スナップカメラ〜

マイクフォーサーズのカメラは今手元にGH1、GH2、GF2、GF5とOMDSのOM-1がある。
あるが別のマイクフォーサーズ機で「とにかく小さく、ポケットに突っ込んで軽快に街を歩けるスナップ機」が欲しくなりGF10を衝動買いした

今回GF10を購入するにあたり、比較対象として頭に浮かんだのは2019年発売のPEN E-P10(E-PL10)だった。正直なところ、サイズ感や取り回しの面ではどちらを選んでも大きな差はないであろう。

しかし、最終的に2018年発売のGF10を選んだのには明確な理由があった。

一つ目の理由は僅かではあるがGF10の方が軽かったこと。そしてもう一つの理由で最大の決め手がPanasonicの絵作りが好きであり、特にL.モノクロームの『撮って出し』でスナップしたかったからだ。

スナップをRAWで撮り、現像ソフトで追い込むようなスタイルはしないし、したくもないので、カメラ自身が持っている画作りの良さとチューニングを信じて、切った瞬間に写真として完結している潔さが欲しいかった。

GF2やGF5の時代に載っていたのは、いわゆる標準的な「モノクロ」モードだった。ハイライトからシャドウへの豊かな階調と、グッと引き締まった黒を表現するために2016年以降のカメラにPanasonicが肝入りで仕込んできた「L.モノクローム」
GFシリーズではGF9/GF10世代から搭載されたものだ。

手持ちの薄型パンケーキ「14mm F2.5」を装着しても、重量はわずか約325g「どっちでも良いなら、少しでも軽くて、撮って出しの絵作りが好きな方を選ぶ」後継機が絶たれた2018年生まれの小さなカメラは、こうして自分の5台目のマイクロフォーサーズ機として手元にやってきた。

「コンデジ以上、フルサイズ以下」なんて言わせない奇跡の立ち位置

「コンデジ以上、フルサイズ以下」と書くと、どちらの中半端な存在のように聞こえるかもしれない。だが、GF10の真価はそんな消極的な枠組みには収まらない。

1/2.3型や1型センサーを積んだ一般的なコンデジに対して、GF10は4/3型の大きなセンサーと「レンズ交換ができる」という圧倒的なアドバンテージを持っている。描写の解像感も表現の拡張性も、コンデジの域を遥かに凌駕しているのだ。

一方で、フルサイズ機と比べたときはどうだろうか。 どれだけフルサイズが「小型軽量」をアピールしたところで、物理的なセンサーサイズとイメージサークルの制約がある以上、GF10に14mm F2.5をつけた「約325g」という圧倒的な薄さと軽さ、そしてポケットに収まるフットワークを実現することは絶対に不可能だ。

こう書くとまた物議を醸しだすのだが光の条件さえ整えば、GF10が吐き出す撮って出しの画はフルサイズと比べても何ら遜色がない。

ローパスフィルターレスの1600万画素センサーが弾き出すカリッとした解像感と、L.モノクロームの深く沈み込む黒。露出補正を少しアンダー気味に振り、コントラストをわずかに立ててやるだけで、PCでの現像処理など一切不要な「空気感を孕んだ黒白写真」がその場で完成する。

コンデジには絶対に出せない描写力と拡張性を持ち、フルサイズには逆立ちしても真似できない圧倒的な軽量性を誇り、吐き出す画は本格的。これのどこが中途半端だというのか。まさに「最強のスナップ機」という言葉が相応しい。

なぜマイクロフォーサーズは「フルサイズと比較され、誤解される」のか?

GF10のようなカメラを触っていると、世間の「マイクロフォーサーズ観」に対する違和感がフツフツと湧いてくる。

OM-1のようなフラグシップ機と呼ばれる機種は、どうしても他社のフルサイズ機と「高感度ノイズが…」「ボケ量が…」とスペック表の数値でがっぷり四つに比較されがちだ。
しかし、そもそもマイクロフォーサーズをフルサイズのミニチュアとして比較すること自体がおかしいと思っている。

暗所性能やボケの大きさといった「静的なスペック」だけで見れば、センサーサイズの大きいフルサイズが有利なのは物理の法則だが、この規格の本質的な魅力はそこにはない。

  • 被写界深度の深さという武器

    1. 同じF値でも2段分深い被写界深度が得られるため、絞り込まなくても手前から奥までシャープにピントが立つ。パンフォーカスで街の空気感を素早く切り取るスナップや、被写界深度が極小になる野鳥・マクロ撮影において、これは圧倒的なアドバンテージだ。

  • 物理限界を突破する手ブレ補正

    1. センサーが小さいからこそ、可動域を極限まで生かした「手持ち深度合成」や「数秒レベルの手持ち長秒露光」という、フルサイズでは真似できない化け物級のIBIS制御が成り立つ。

20万円台のOM-1と、100万円のα9 IIIが物語る「データの軽さ」

動体性能の面でも誤解は多い。OM-1の「AF/AE追従で最高50コマ/秒、AF固定なら120コマ/秒」という次元の連写性能は、フルサイズ機で実現しようとすればSonyのα9 IIIのように100万円近いフラグシップの領域になってしまう。

なぜOM-1は20万円台でそれが可能なのか? それこそがセンサーサイズが生み出す「データ処理量の軽さ」という物理的恩恵だ。

面積がフルサイズの約1/4であることは、画像処理エンジンや読み出しにかかる負荷を劇的に下げる。だからこそ、熱処理や膨大なコストに悩まされることなく、爆速のレスポンスと超高速演算を現実的な価格帯でシステムに組み込める。

例えばNikonのZ50 II(APS-C)とZ5 II(フルサイズ)を比べたとき、同じ処理エンジンを積んでいてもセンサーが大きいZ5 IIの方がわずかに動作に「もっさり感」を残すのと同じ理屈だ。データが軽いことは、そのまま「機体の応答性の良さ」「快適な撮影体験」として撮影者に返ってくる。

光を記憶する機械としての「最小の相棒」

120コマ/秒の連写と最強の手ブレ補正で一瞬をねじ伏せるOM-1も、14mm F2.5を装着して上着のポケットに収まるGF10も、根底にある哲学は全く同じだ。

それは、「フルサイズでは絶対に真似できない小型軽量システムで、撮影のハードルを極限まで下げ、光を捉えること」

高感度性能がどうだとか、AF追従がどうだとか、そういった野暮なスペック論競争から最初から降りているのがGF10というカメラだ。

後継機が出ないからこそ際立つこの潔いサイズ感。今日もポケットの中で静かに出番を待つGF10とともに、撮って出しのL.モノクロームで街の影を気兼ねなく拾い集めていこうと思う。

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